2011年9月14日水曜日

俺の名は勘九郎(73)

「体験してみないと分からないことってあると思うんだよ」
「どれくらいやるつもりなんですか?」
「分かんねえ。3カ月間、なんて決めてたらインチキだと思うんだよな。通帳に金があるうちは、結局インチキなんだろうけど、それでも体験しないよりはマシだと思うんだよ」
「だいじょぶっすか?インドとかネパールとかでヒッピーやってると、そのうち帰れなくなっちゃうっていうじゃないですか。ホームレスから戻れなくなったら、ヤバいっすよ」
「ホームレスになりきれたら、本物の気持ちが分かるよ。支援する側じゃなくて、される側になっちゃったりしてな」
「意味ないじゃないですか」
「そうなる前にちゃんと止めるさ。それに、NPOの前にやりたいこともあるんだ」
「なんすか?」
「上野にひと泡吹かせてやるんだよ」
「エナジルの上野社長ですか」
「他にいねえだろ。山崎もちょっと力貸してくれよ」
「ムリっすよ。いや…、ムリな気がしますけど、どうやってやるんですか」
「あのオッサン、談合の黒幕だろ。猪俣にやらせてるけど、主犯は上野だよな」
「そうだとは思いますけど、俺たちにできることなんてありますか」
「マスコミにリークして、どかっと叩いてもらうか。そうすり公取だって動くかもしれないぜ」
「堀田さんはいいですけど、会社が潰れたらヤバいじゃないっすか」
「冗談だよ。俺だって、浅野ソーラーを潰したいと思ってるわけじゃないんだから。上野を失脚させる方法とかねえかなあ」
「コンプライアンス・ホットラインって、グループ会社にも共通でしたよね。あそこに通報したらどうっすか」


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2011年9月3日土曜日

俺の名は勘九郎(72)



二日酔いになるまで飲んで翌日の午前中を棒に振る、というのは山崎の得意技だったが、さすがにその夜は、グラスを空けるペースが遅かった。F市の入札が近づき、酒を飲む暇もないほど山崎は忙しかったが、その日の誘いを断るわけにはいかなかった。
きめの細かい泡の下に金色の液体が入ったジョッキの写真に「ちゅう生1杯180円」と書かれたチラシを見て、これって第3のビールですか、と今さらのように聞いたのは堀田という男だった。堀田は、浅野ソーラーに勤める営業マンで、山崎より三つ年上の先輩社員だ。元気よく「チュウナマです」と答える店員に、どっちでもいいか、と言いながら、堀田はそれを二つ注文した。

山崎は両手を出して、カウンターの向うから二つのジョッキを受け取り、一つを堀田に渡した。山崎が神妙な顔でいると、堀田は、人生いろいろだよ、と言いながらジョッキを口へ運んだ。
「売れ残ったコンビニ弁当を貰って、ホームレスに配るNPOの法人を作ろうと思うんだ」
その日の午後、猪俣に辞表を提出してきたという堀田は、山崎にそれを伝えるために誘ったのだ。どうしようもないほど熱くなれる何かを探したい、二人で飲むたびにそう言っていた堀田が見つけた答えに山崎は驚いたが、きらきらと光る堀田の目をみて、羨ましいような気がした。
「なんか、いいっすね。今日の堀田さん」
「しばらくスサんでたからな。『やっと見つかった』って言えるほどじゃないけど、とにかくやってみるよ」
「もう具体的な計画があるんですか?」
「計画とは言えないけど、やることは決まってるよ」
「何するんですか?」
「まずはホームレスを体験してみる」
えっ!と声を上げた山崎は、次の言葉が見つからなかった。


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