2012年4月14日土曜日

俺の名は勘九郎(85)

プロジェクトが始まってしばらくすると、あちらこちらで、悲鳴が上がった。見積時の予算が厳しすぎて、想定した値段では物が買えないというのだ。中でも深刻だったのは、パネルを構成する主要部品のソーラーセルだった。黒くて細長いセルは、シリコンで出来ている。太陽光発電にブームの兆しがあり、シリコンの値段がじりじりと上がり始めていた。セルを作るメーカーは、シリコンの値上がりを理由に、見積金額を下げようとはしなかった。何度もセルを購入している調達の担当者は、最初の見積を10%はカットできると言って、技術部の担当者に金額を伝えていた。その金額からさらに一律一割の削減があったので、見積金額の81%でプロジェクト予算が組まれてしまったことになる。81円で買えると踏んだものが、100円でしか買えなければ、プロジェクトは赤字を抱えてしまう。同じようなことがあちこちで起こっていた。
「初めに言ったように、一円もまけられない金額なんです。それを一割も下げろと言われたのでは、仕事を請けられません」
調達課長の杉本に呼ばれた尾藤は、頑として値段を下げようとはしなかった。

「それなら、他の業者を使うしかありませんな」
細いフレームの眼鏡の奥に、苦しい胸の内を隠して、杉本は冷静を装った。
「その値段で出来るところがあるなら、仕方ありません」
尾藤の態度はけっして不遜なものではなかったが、動じる様子もなく席を立ち、踵を返して杉本の前から去っていった。尾藤の大きな背中に意地の悪い視線を投げつける杉本を見て、山崎はひやひやしていた。杉本が他の業者を使うと言いださないだろうか。「ダメなものはダメ」ときっぱり言ったときの尾藤の顔を思い出し、それが裏目に出なければいいと考えながらも、山崎にできることは何もなかった。


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