2013年5月4日土曜日

俺の名は勘九郎(107)

「パイプに問題がなければ、納期は大丈夫なんですか?」
山崎は、新たに湧いた疑問を口にした。
「静岡次第ですが、なんとかしなければ…」
尾藤の言葉はいつになく力弱かった。
「パイプが着たら、俺に検査させて下さい!」
研修で山崎に検査を教えたことを尾藤は思い出したが、浅野さんの社員に作業させるわけには行きません、と冷静に言った。
「そんなこと言ってる場合じゃないじゃないですか!」
山崎は意気込んだ。尾藤は少し考えて、ベルトにぶら下げたホルダーから携帯をとりだした。「今、大丈夫ですか」と切り出して、尾藤が事情を説明している相手は蔵島だった。話が一段落したところで、尾藤はその携帯を山崎に渡した。
「猪俣さんには、僕からよく言っておくから、尾藤さんを手伝って上げてくれ。ただし、研修で習ったこと以上の作業はしないこと。何よりも安全を優先させるんだ」
それが、蔵島からの指示だった。
来客用の作業着に着替えた山崎が、検査用の台にずらりと並んだパイプの前に立つと、ぽつりと雨が落ちてきた。来るときには上がっていた雨が再び降り始めたのだ。屋内にもパイプを検査する場所はあったが、今はそこも溶接工の仕事場になっていた。それに、屋外の方がずっと広いので、一度に置けるパイプの数が全然違った。山崎が自分でクレーンの操作をすることは出来ないので、検査を終えたら、溶接をしている作業員を呼んできて、パイプを並べ替えてもらわなければならない。雨がこれ以上激しくならないようにと、山崎は祈るような気持ちだった。濡れたくないということよりも、雨でパイプが滑る状態なら、クレーンで吊り上げる作業そのものが中止になってしまうからだ。
腰より少し高い位置に並んだパイプの端に、山崎はマイクロメーターをあてた。管の厚さを測定する計器のメモリは、ちょうど8ミリを示していた。それは、公差の下限値を0.05ミリだけ上回る数字だった。F市向けのパイプの厚さは、7.95ミリ以上なければならない。山崎は胸のポケットから、メモ用紙を取り出すと、「天」と書いてその下に8.00と記録した。パイプの上を「天」、下を「地」で表し、左右はそのまま「左」「右」と書くのがヨウザンの慣わしだった。天地左右の計測が終わると、山崎はパイプの反対側に周り、もう一方の肉厚を計測した。それから、スチール製のメジャーを磁石でパイプの端に固定した。シュルシュルとメジャーを伸ばしながら、反対に回ったところで、計測すると6メートルと2ミリの長さだった。静岡のパイプも、管の長さはすべて合格だったと聞いていたので、やっぱ肉厚か、と山崎はひとりごちた。メモした数字をバインダーの記録用紙に書きこむと、一本のパイプを計測するのに、10分以上の時間がかかってしまった。200本のパイプを計測するのだから、2000分ということになる。30時間が1800分と計算してみたとき、山崎はまた絶望的な気分になった。まったく休憩せずにやっても、明日の夜になってしまう。もし不合格品が20本以上あったら、それからパイプを探さなければならないのだ。


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