2013年10月26日土曜日

俺の名は勘九郎(113)

午後の検査も順調に進んだ。一本を調べるのにかかる時間も一定になり、同じことの繰り返しが続いた。船越の読みあげる数字を記録し、メジャーの端を押さえるだけの作業を単調に感じ、山崎は眠気さえ感じ始めた。「7.94」と読み上げたときの船越の声に、少し間があったことにも気づかず、山崎は数字を書き留めようとした。
「94ですか?」
7.9まで書いてから、山崎が聞き返すと、船越は黙ってうなずいた。
下限値を下回る肉厚が出てしまった。それは、127番のパイプで、まだ検査をしていないパイプが50本以上も残っていた。そこから続けて6本のパイプが不合格になり、139番と140番にも異常があった。
予備のパイプが、なくなってしまった。
船越はクレーンを操作して、141番から160番のパイプを検査台に並べた。141番から158番までは合格だった。調べ方が丹念になるとどうしてもスピードは落ちてくる。日の入りの時刻は、昨日よりもほんの少しだけ延びたはずだが、公園の向うにある民家の尖った屋根の三角に、オレンジ色の空が削られ始めると、辺りはあっと言う間に暗くなった。
150番の検査が終わる頃、作業するのに再び投光機が必要になった。最初に不良を発見したのが160番代だったので、山崎と船越は緊張しながら150番代のパイプを調べたが、問題のあるパイプは見つからなかった。
船越は最後の20本を検査台に並べ終え、
「腹減ったなあ、休憩!」
と大きな声を出した。そのとき、工場の建屋から白いヘルメットをかぶった男が飛び出してきて、構内道路を斜めに横切ってきた
「尾藤さんが倒れました!」
その男の顔も蒼白だった。山崎と船越が事務室に戻ると、尾藤はすでに病院に運ばれていた。溶接班や組み立て班の班長が集まっていたが、尾藤が仮眠室で寝ている姿をみたものはいないという。
「だから、言わんこっちゃねえんだよ」
船越が誰にともなく言った。社長が尾藤に付き添って病院に行ってしまったので、溶接班長の石井という男が、工場の指揮をとることになった。石井は、山崎の方を見てすまなそうに「このあと、船越には溶接をやらせます」と言った。
「山崎さんにも、もう帰ってもらわないといけないんですが…」
そう続けた石井を制して
「最後の20本、やらせて下さい」
と、山崎は訴えた。足元を見つめたまま体を戻そうとしない山崎に向かって、石井はさらに深く腰を折り「本当に申し訳御座いません」と謝って、山崎に検査を頼んだ。
山崎たちが夕食をとっている途中、病院にいるヨウザンの社長から石井に連絡が入った。尾藤のダウンは疲労と睡眠不足による一過性のもので、しばらく休めば心配ないようだった。


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