2013年12月31日火曜日

俺の名は勘九郎(116)

十四

「刺されたら、刺し返すまでのこと」
封筒の中に入っていた紙には、それだけが書かれていた。
F市のプロジェクトが無事に完工して半年ほどが経ち、2009年の年の瀬を迎える頃のことだ。ハンに習ったおかげで、俺も文字を読めるようになっていたが、実際に俺がその手紙を見たわけじゃない。しかし山崎が見たものを間接的に感じ取ることで、どんな手紙だったのかが分かった。
新聞の活字を切り抜いて作ったバラバラの大きさの文字が、A4のコピー用紙に貼られていて、現物を見たハンは《ひと昔前の脅迫状のようでした》と俺に言った。
封筒に差し出し人の名前はなく、宛名には住所と浅野ソーラーの社名があり、真ん中に「営業部の皆さまへ」と小さくエンピツで書かれていた。定規を用いて書いたようなカクカクとした文字が規則的に並び、切手の消印で日本橋付近で投函されたこと分かった。
手紙を最初に開封したのが、山崎だった。ビルの1階にある郵便受けをチェックする当番だった山崎は、エレベーターの中で、営業部宛ての封筒と技術部や設計部宛てのものを仕分けした。営業部に宛てられた郵便物はその手紙だけで、山崎は不審に思いながら席につくと、封筒の端をハサミで切り、一枚の紙を取り出した。
「刺されたら刺し返すまでのこと」と貼りつけられた文字を見た山崎は、気味が悪いと思う前に憂うつになった。
「こんな手紙がきましたけど、村上か鳥海の誰かからじゃないですか?」
山崎は猪俣の机に歩み寄って、言った。猪俣は、ラップトップの画面からゆっくりと目を離し、怪訝な顔をして山崎から手紙を受け取った。
椅子に座ったまま山崎から手紙を受け取った猪俣は、キーボードの上に置いた紙に目を落とすと、右目の端を一瞬ゆがめたが「捨てておけ」と不機嫌に言って、手紙を持った左手を山崎に突き出した。ムッとした顔で席に戻ろうとする山崎の背中に「シュレッダーだぞ!」と猪俣は、鋭い声で付け足した。
「総務に届けるべきだと思いますけど」
山崎は猪俣の方に向き直って、はっきりとそう言った。
「山崎君、ちょっと来なさい」
猪俣はそう言って、席を立つと営業部の奥にある応接室に向かった。近くにいた営業マンや女性たちは、苛立ちを隠さずに歩く山崎を見て、その手紙が「リーニエンシー」に関するものなのだろうと感じ取った。


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