2014年3月16日日曜日

俺の名は勘九郎(118)

村上製作所の営業部長である千葉が、アポイントもなく浅野ソーラーのオフィスにやってきたのは、例の手紙が届いた前日のことだった。談合に関するすべてのリスクを排除してきたはずの千葉だったが、周到な行動もすべて無に帰したのだ。
バスケットボールの選手だった千葉が、フロアの入り口に仁王立ちしていた。タワーのてっぺんからサーチライトで闇を照らすようにフロアを見渡すと、千葉はすぐに目的の人物を発見した。長いコンパスを大股にして歩き、千葉は、左の奥にいる猪俣を目指して一直線に進んだ。
「ずいぶんなやり方じゃないか。そっちから持ちかけて、密告するとはな。おかげで、こっちはクビだよ。あと10年は、働かなくっちゃいけないっていうのに」
「何の事を言ってるんですか?私はもう出かけなきゃいけないんだ。失礼しますよ」
不意に現れた来訪者に猪俣は動揺した様子で、慌ててカバンを持つと、逃げるように席を立とうとした。
「ふざけるな!」
千葉は猪俣の両肩を頭上から抑えつけ、椅子に押し戻した。
「話はまだ終わっちゃいないんだ。俺の就職先をあっせんしてもらえませんか。なんなら、浅野ソーラーさんで雇ってくれてもいい。ウチと鳥海が指名停止のうちに、おたくはたっぷり稼げるでしょう。営業マンが足りなくなるんじゃないですか」
「アポイントがあるので、私は出かけさせてもらいます」
千葉の言葉を、猪俣は取り合おうともしなかった。
「一応言っとくけど、本気であんたと働こうなんて思ってるわけじゃありませんよ。危ないのは暗い夜道だけじゃないって言いますから。用心された方がいいと思いましてね」
それだけ言うと千葉は、再び大股で歩き、その場を立ち去った。
紳士で通っているはずの千葉とは別人のようだった。


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