2011年4月20日水曜日

俺の名は勘九郎(61)

談合慣れした猪俣は、すぐに千葉と鳥海の営業マンである川田に声をかけ、ルールの調整をした。千葉は特殊事情を勘案することに最後まで反対し、結局は猪俣も折れざるを得なかった。係数の確認方法につても、千葉はそれぞれの営業マンが独自のブログを使って意思表示する方法にこだわったが、それには猪俣も川田も反対だった。一枚の紙で管理する代わりに、千葉が立ち上げたブログを使って共通認識を持つことになった。そうして『ミカりん日記』の登場人物に、ランとスージーが加わることになった。猪俣がランで、川田がスージーだ。かつてキャンディーズのファンだった川田によるネーミングだそうだ。
ラン、スージー、ミカりん…、はやく普通のオジサンに戻ってほしい。

千葉は、ミカりん日記を3人で使うことを認めたが、会社のパソコンからはアクセスしないことを条件にした。猪俣も川田もそれを承諾したが、実際に入札が始まれば、すぐになし崩しになってしまうだろうと猪俣はたかをくくっていた。
談合のルールが成立した直後、上野は猪俣を8階の応接室に呼んだ。
「何があっても、俺の名前は絶対に出すな。万が一、お前が逮捕されても、サラリーマンとして、骨は拾ってやる」
「逮捕された社員が、会社にいられますか?」
「懲戒解雇は免れないだろう。だが、ほとぼりが冷めたらグループ会社で雇ってやる。給料も保証する。それに公取は、大企業の摘発で名を上げたいのさ。街路灯メーカーなんか見ちゃいよ」
「ヘタをするつもりはありませんが、世の中が、だいぶ変わってきました。内部告発をする者が出るかもしれません」
「そんなヤツがいるのか?」
「ちょっと危ないのがいるので、様子を見ておきます」
猪俣は、堀田という名前の社員のことを思い浮かべていた。


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2011年4月7日木曜日

俺の名は勘九郎(60)

「こんな小さな業界に公取が入るわけねえよ」
上野にそう言われたとき、田中はそんなものかと思って、指示に従った。千葉にリスクを聞かされると、今度は不安になった。万が一、逮捕されるようなことになれば、上野はあっさりと自分を切り捨てるだろう。そう思うと、不安がいや増した。むしろ、上野には千葉が談合を拒否したと報告して、この話を取り下げてしまおうかとさえ考えた。しかし、嘘がばれれば、社長の椅子を失うどころか、会社にいられなくなってしまうだろう。
田中は逡巡したが、結局のところ千葉の案を了解することしかできなかった。
話を終えて、テーブルの伝票を田中が手にとると、千葉はすかさず千円札を田中に渡した。
「領収書はダメですよ」
証拠を残すまいとする千葉の徹底ぶりに舌を巻き、自腹ならもっと安いところでよかったと田中は思ったが、黙って割り勘にすることにした。
田中から報告を受けた上野は、予想通りの反応を示した。特殊事情が勘案されないことにも腹を立てたが、千葉という男のいいなりになっていることが我慢ならなかった。田中に任せておいたら、やられっぱなしになる、上野はそう思って、猪俣を呼ぶことにした。5月になって猪俣がやってきたのは、そういうわけだった。


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