2011年4月7日木曜日

俺の名は勘九郎(60)

「こんな小さな業界に公取が入るわけねえよ」
上野にそう言われたとき、田中はそんなものかと思って、指示に従った。千葉にリスクを聞かされると、今度は不安になった。万が一、逮捕されるようなことになれば、上野はあっさりと自分を切り捨てるだろう。そう思うと、不安がいや増した。むしろ、上野には千葉が談合を拒否したと報告して、この話を取り下げてしまおうかとさえ考えた。しかし、嘘がばれれば、社長の椅子を失うどころか、会社にいられなくなってしまうだろう。
田中は逡巡したが、結局のところ千葉の案を了解することしかできなかった。
話を終えて、テーブルの伝票を田中が手にとると、千葉はすかさず千円札を田中に渡した。
「領収書はダメですよ」
証拠を残すまいとする千葉の徹底ぶりに舌を巻き、自腹ならもっと安いところでよかったと田中は思ったが、黙って割り勘にすることにした。
田中から報告を受けた上野は、予想通りの反応を示した。特殊事情が勘案されないことにも腹を立てたが、千葉という男のいいなりになっていることが我慢ならなかった。田中に任せておいたら、やられっぱなしになる、上野はそう思って、猪俣を呼ぶことにした。5月になって猪俣がやってきたのは、そういうわけだった。


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