2011年6月22日水曜日

俺の名は勘九郎(66)

「ウィンディーサニーにシャワー機能を取りつければ、エアーダストが吸い寄せられて空気がきれいになります」
まったく売れそうにないと思った山崎は、商品化も他人に任せようと思いなおした。誰かの力を借りて、なんとか物理の法則を証明したい。それだけが偉大な人間として名を残せる道だと思い、一人でにんまりとした。
興奮の余韻があって、翌日の山崎は饒舌だった。補修費用の件を施設整備課の担当者に報告すると、前夜にチェックした「街路灯ニーズマップ」を見せて熱心に説明した。
「お金があれば、ウィンディーサニーをどんどん置きたいんだけどねえ。うちは貧乏な市だから」
坊主刈りに近い短髪の頭をなでながら、施設整備課の神田は山崎に答えた。大学院の土木科を卒業した神田は施設の維持管理をする担当者で、当時の山崎より六つ年上だった。駅前のメインストリートには、浅野ソーラーが納めた8台の街路灯がある。メンテナンス契約もあって、山崎は年に数回、F市に足を運んだ。神田とは二人で酒を飲み、2次会のスナックではコブクロを一緒に歌うこともある仲だった。業者と発注者ではなく、二人で飲むときは割り勘にする人間関係ができていた。
「ところで神田さん、昨日の夜、すごいことに気づいちゃったんですけど、ちょっと教えてもらっていいですか」
「なに?ひょっとしてリゾートランドプランの関係?」
山崎は、何のことだろうと一瞬思ったが、世紀の大発見について話さずにはいられなかった。
「新しい物理の法則を発見したんですよ。『落下中の物体には、他の物体を吸い寄せる力がある』っていう法則なんですけど、こういうのを証明するのって専門的な実験とか必要なんですよねえ」


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2011年6月12日日曜日

俺の名は勘九郎(65)

山梨県にあるF市の市街地から郊外のレジャー施設をつなぐ新しい道路ができることを真っ先に聞きつけたのが山崎で、それは当時の浅野ソーラーにとって、久しぶりの大型案件になるはずだった。
最初山崎は、新しい道路の話を聞くためにF市に出張したのではなかった。別な道路にあったウィンディーサニーがトラックとの接触により損傷したので、山崎は補修の費用を説明するために、F市へ出向いたのだ。市の担当者とのアポイントは、朝の11時だったが、山崎は前の晩、市に入り、夜のうちに街の灯りを調べて歩いた。人通りがあるわりに、明かりの少ない場所をチェックしては、用意していた地図にマークを書き込んだ。単独で出張する機会の少ない山崎だったが、上司がいなくても、生真面目に仕事をした。

ひと通り調査を終えると夜の10時を過ぎていて、ホテルのレストランが終了していることを心配した山崎は、コンビニで弁当とビールを1本買って、チェックインした。部屋に入りカバンを机に置くと、すぐに服を脱いだ。ビジネスホテルの狭いユニットバスでシャワーを勢いよく流すと、浴槽の内側に落としたビニールの薄いカーテンが、尻にピタっとくっついて、うっとうしいな、といつものように思った。うっとうしいと思うだけならいつもと変わりないのだが、そのときの山崎には「なぜ」という疑問があった。シャワーの水流が弱いとカーテンはレールから真下に垂れるのに、勢いよくお湯を出すとその薄いビニールは尻のあたりにへばりつく。何度繰り返しても同じ現象が起こった。
山崎は「万有引力」という言葉を思い出した。「落下中の物体は、それ自体が引力を持つ」山崎はそんな仮説を思いつき、風呂の中で興奮した。地面に落ちるリンゴを見てニュートンが万有引力の法則を発見したように、尻につくカーテンを見て、「落下物に生じる一時的な引力の法則」を発見したのかもしれない。山崎は、偉大な物理学者になったような気がして、どうすればその法則を証明できるだろうと考えた。弁当を平らげ、ビールを飲み干したとき、何を食ったのか分からないほど真剣だった。しかし、いくら考えても法学部出身の山崎には、証明の方法が分からなかった。しかたがないので、山崎はその法則を利用して実用品を発明しようと頭を切り替えた。


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