2011年6月12日日曜日

俺の名は勘九郎(65)

山梨県にあるF市の市街地から郊外のレジャー施設をつなぐ新しい道路ができることを真っ先に聞きつけたのが山崎で、それは当時の浅野ソーラーにとって、久しぶりの大型案件になるはずだった。
最初山崎は、新しい道路の話を聞くためにF市に出張したのではなかった。別な道路にあったウィンディーサニーがトラックとの接触により損傷したので、山崎は補修の費用を説明するために、F市へ出向いたのだ。市の担当者とのアポイントは、朝の11時だったが、山崎は前の晩、市に入り、夜のうちに街の灯りを調べて歩いた。人通りがあるわりに、明かりの少ない場所をチェックしては、用意していた地図にマークを書き込んだ。単独で出張する機会の少ない山崎だったが、上司がいなくても、生真面目に仕事をした。

ひと通り調査を終えると夜の10時を過ぎていて、ホテルのレストランが終了していることを心配した山崎は、コンビニで弁当とビールを1本買って、チェックインした。部屋に入りカバンを机に置くと、すぐに服を脱いだ。ビジネスホテルの狭いユニットバスでシャワーを勢いよく流すと、浴槽の内側に落としたビニールの薄いカーテンが、尻にピタっとくっついて、うっとうしいな、といつものように思った。うっとうしいと思うだけならいつもと変わりないのだが、そのときの山崎には「なぜ」という疑問があった。シャワーの水流が弱いとカーテンはレールから真下に垂れるのに、勢いよくお湯を出すとその薄いビニールは尻のあたりにへばりつく。何度繰り返しても同じ現象が起こった。
山崎は「万有引力」という言葉を思い出した。「落下中の物体は、それ自体が引力を持つ」山崎はそんな仮説を思いつき、風呂の中で興奮した。地面に落ちるリンゴを見てニュートンが万有引力の法則を発見したように、尻につくカーテンを見て、「落下物に生じる一時的な引力の法則」を発見したのかもしれない。山崎は、偉大な物理学者になったような気がして、どうすればその法則を証明できるだろうと考えた。弁当を平らげ、ビールを飲み干したとき、何を食ったのか分からないほど真剣だった。しかし、いくら考えても法学部出身の山崎には、証明の方法が分からなかった。しかたがないので、山崎はその法則を利用して実用品を発明しようと頭を切り替えた。


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