2013年8月24日土曜日

俺の名は勘九郎(111)


「なん泊目だよ、ちくちょうー」
若い男の、天を恨むような声が響いた。
「今日は、家で寝ようぜ」
諭すように言ったのが船越だった。
「Fプロのも、ダメらしいぜ」
布団から出られずにいる別な男の声で、そこにいる数人の気持ちはすっかりと沈んでしまった。襖がそのときサッと開いて、尾藤の顔が現れた。
「船越は今日、山崎さんと組んでくれ。Fプロのパイプにも肉厚不足が出ちまった」
そうして、尾藤は、他の男たちに向かって、
「静岡も、もうひと踏ん張りだ。きついと思うけど、なんとか頑張ろうや」
と声をかけた。
「一番きつそうなのが尾藤さんじゃありませんか」
船越は尾藤の体を心配して言った。
「俺は90分も寝れば、持つように出来てるんだよ。鍛え方が違うからな」
確かに目はらんらんとしていたが、疲労の色合いは昨日よりもはっきりと濃くなっている。
「先に発注をかけといた方がいいんじゃないですか?」
「さっきFAXをいれたよ」
船越の問いに、尾藤が答えた。在庫を確認しておいた問屋に対して、尾藤はあれから注文を出したのだ。採算のことを考えて、事前に発注することは控えていたのだが、不具合が出たことで、15本の手配に踏み切った。
「あのあと、注文の資料を作ったんですか?」
尾藤に寝る時間があったのだろうかと不安になって、山崎は聞いた。
「たいした手間じゃありませんよ。それより、今日が勝負です。船越と一緒にやれば、今日中に結果が分かるでしょう。20本以内で収まるといいんですが」
尾藤はそう言いながら、プラスチックの袋から、おにぎりやらカップの味噌汁やらを取り出して、部屋の端にあるテーブルの上にわさわさと置いた。
「毎日こんな朝飯ですままないけど、なんとか乗り切ってくれ」
「尾藤さんこそ、ちゃんと食って下さいよ。工場長が倒れたら、終わりですから」
尾藤は船越の方に軽く手を上げ「加藤のとこを休ませるから、悪いけど6時半にはここを空けてくれ」と言い残して仮眠室を去っていった。


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2013年8月3日土曜日

俺の名は勘九郎(110)


山崎が仮眠室に向かった様子がないのを不審に思った尾藤は、工場の建屋を出て、荷受けヤードへと歩いた。新人の頃の山崎ならいざ知らず、山崎が黙って事務所に戻ったはずはあるまいと考えて、尾藤は不具合が出たことを覚悟した。
検査台のパイプと格闘する山崎を見て、明日は誰かを応援につけないとまずいな、と尾藤は思った。
「出ちまいましたか?」
「はい、8本のうち4本が肉厚不足です」
「8の4…」
尾藤は右の目じりを少し歪めたが、驚いた風ではなかった。
「1本あると続くことがありますからね。そこら辺で止まってくれるといいんだが」
結局、20本のうちの11本に不具合があった。
深夜の3時半を過ぎていたが、山崎は眠気を感じなかった。次の20本を検査台に載せてほしいと、尾藤に頼んだ。
「あと140本、全部調べんといかんでしょう。いったん仮眠をとって下さい。朝までに、並べ替えておきます。6時になったら、船越が起きるから、検査に回しましょう」
船越は、かつて山崎に検査の仕方を教えてくれた社員だ。
「静岡の方は大丈夫なんですか?」
「全部、山崎さんにやってもらうわけにはいきませんよ。二人でやれば、はかどるでしょう」
「一人ぽっちじゃなくなるだけで、助かります」
「申し訳なかったね。一人やらせちまいまして」
それから山崎は仮眠室に入り横になったが、あと9本で予備のパイプがなくなることを考えるとなかなか寝付けなかった。もし20本以上の不具合が出た場合には、どこを探せばいいのだろう。全国の鋼材問屋をあらかた確認した、と尾藤は言っていた。
一睡もしていないような感覚だったが、実際には少し眠ったのかもしれない、山崎は、開ききらないまぶたをこすりながら、そんなことを考えた。誰かのセットしたアラームがけたたましく鳴り、6時になったことを知らせた。


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