2010年2月4日木曜日

俺の名は勘九郎(22)

《あの人、どこに行ったと思います》
山崎が出ていくと、ハンが再び俺に声をかけてきた。
《さあ、パチンコにでも行ったんだろう》
《鳥かごを買いに行きましたよ》
《なに?》
《頭ん中、でっかい鳥かごでいっぱいになってましたね。段違い平行棒みたいに、止まり木が二本あるやつ》
《今ので、俺を飼う気になっちゃったわけ?》
《みたいですね。分かりあえたと思ったんじゃないですか》
《完全な一方通行だったがな》
《どうします?》
《どうって、俺はカゴの中で暮らすつもりはないさ》
《昼間は外に出してくれるつもりみたいですよ》
《夕方になったら、ねぐらの代わりに戻ってくると思ってるのか?》
《みたいですね》
俺には、鳥かごを買いに行ったことさえ読めなかったが、ハンにはそこまで分かるのかと思って驚いた。これほどまでに感受性の強いヤツに会ったのは初めてだ。
《私には目も耳もありませんけど、その分、受け取る感性が強いのかもしれません》
俺の驚きを見透かしたようにハンが言った。
《今のは、閉じていたつもりだったけどな》
《少しだけですが、漏れてましたよ》
《恐ろしいヤツだな。無生物ってのは、みんなハンみたいに感受性が強いのかい?これまで、そうは思えなかったけど》
《個体差は、あるのでしょうね》
日曜日の午前、配達業者の小柄な男が、自分の背丈ほどもある大きな段ボール箱を抱えてやってきた。前の晩は、キノコ雲の木に戻って寝たが、翌朝も俺はハンのところにやってきた。ハンの話には学ぶところが多い。


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2010年2月3日水曜日

俺の名は勘九郎(21)

「ダメかあ。でも最初に、九官鳥に言葉を教えた人だって、きっと、苦労したんだろうな。お・は・よ・う」
《アホウ。人間が言葉を教えようとしたのが先じゃない。人間の言葉をモノマネした九官鳥がいただけのことだ》
「おー、一生懸命しゃべろうとしてんじゃん。やっぱこいつ天才カラスだな」
それは正しい。
部屋に戻った山崎は、冷蔵庫から何かを取り出すと、再びベランダにやってきた。厚揚げをちぎって、むき出しのコンクリートに二切れ置おくと、また余計なことを言った。
「トンビにあぶらげ、カラスに厚揚げってか」
《バカ》
しかし、悲しいことに、好物だった。
「ちゃんと返事してから食うとこが偉いな、こいつ」
手に持っていた残りの厚揚げをプラスチックの袋からだして俺の足元に置くと、山崎は、待ってろよ、と言って部屋に戻り、ジーパンとTシャツに着替えて玄関から出ていった。


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