2010年3月21日日曜日

俺の名は勘九郎(24)



日記帳に濃い青色のインクで浅野の意思を記すのも、私の重要な仕事のひとつでした。
妻と子供たちの眠りが深くなったのを確かめると、浅野は自室に入り遺書の代わりとなる最後の日記をつけました。自尽に及ぶ二時間ほど前のことです。

和江、祥子、玄太
ずいぶんと寒い夜になってしまったね。
もう少し暖かい夜だったら、ぼくも、こんなことは考えなかったのかもしれません。
祥子と玄太にとっては、父さんが自分のことを、ぼく、と言うのは不思議かもしれないけれど、ぼくは、和江の父さんではないから、今日は、ぼくと言うのを許して下さい。祥子と玄太に、許して下さい、なんて言い方をするのも変だと思うかもしれないね。けれど、これから父さんがすることを、本当に許してほしいのです。
今日、ぼくは月を見ました。まるくて大きな、銀色に光るお月さまでした。ぼくにはそれが、鏡に見えてしまったのです。
その鏡には、ぼくが映っていませんでした。街があって、ぼくの会社もあって、ぼくと一緒に働いてくれたみんなもいるのに、ぼくだけが映っていませんでした。ぼくがつくった会社が、もうぼくの会社ではなくなってしまったから、そんな風に見えたのかもしれません。


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