2011年2月22日火曜日

俺の名は勘九郎(56)

「しかしそれでは、個別の事情を反映できなくなってしまいます。どこの業界でも、特殊事情を反映させてチャンピオンを決めてきたと聞いてますが」
「それが談合システムを崩壊させたんですよ。特殊事情をつくるために、政治家や役人に賄賂を送ってきたんでしょ。徳原建設だって、贈賄事件で叩かれて、脱談合に踏み切ったのでしょう」
「しかし、汗をかいた会社が報われなかったら、社会主義と同じになってしまうじゃないですか」
田中の力説は、上野からの請け売りだった。
「社会主義でいいんですよ。それが嫌なら、弱肉強食でやればいい。結局のところ、どちらかしかないのです」
「社会主義じゃ、だれも努力しない世の中になってしまうじゃないですか」
「資本主義だって、努力を続けられるのは、ほんの一握りの人間だけです。格差社会が定着したら、負け組は努力する気力を失ってしまったじゃないですか。弱者が飢え死にする世の中よりも、社会主義の方がマシだと思ってます」
「極端な考え方だ」
「極端に考えた方が、答えを出しやすいんですよ。今回の話は、完全な平等にするか、やらないか、そのどちらかです」
田中は反論に窮した。上野からは、談合のシステムが成立したら、特殊事情を使って他社を出しぬけ、と命じられていたから、すんなり千葉の言うことを認めてしまうわけにもいかない。田中が考え込んでいると、千葉はさらに続けた。
「特殊事情を話し合うために集まるのはリスクが高すぎます。ライバル会社の営業マンが雁首そろえているとこを見られたらまずいでしょう」
「毎回、集まろうとは思ってません」
「じゃあ、どうするんですか。メールやFAXを使うわけにはいかないし、電話だって通話記録が残ってしまう」
「それはそうですけど、じゃあ、どうやって入札金額を確認するんですか」
田中は、怪訝な顔をして聞いた。


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2011年2月1日火曜日

俺の名は勘九郎(55)

ホテルのラウンジに入ると田中は一番奥の席を要望した。ウェイトレスがメニューを置いて、お決まりになったらお呼び下さい、と二人に言うと、千葉はすぐに「ブレンドコーヒーで」と注文した。田中が、私もそれで、と言うと、ウェイトレスは笑顔を作って、ご注文は以上でよろしいでしょうか、と確認する。千葉が黙って頷くと、彼女はメニューを取り上げ厨房へ下がっていった。
「名刺交換はよしましょう。趣旨は聞いていますから」
内ポケットから名刺入れを取り出した田中の先を制して、千葉が言った。
「お忙しいところ、時間をとって頂きまして、本日はどうも有難う御座います」
田中が用意していた口上を言うと、
「手短にいきましょう。仕組みは考えてあるのですか?」
と、千葉は単刀直入に聞いた。田中は、カバンの中から、A4の紙を取り出して「一応、各社の受注金額が均等になるようにシミュレーションしてみました」と言ってその紙を千葉に渡した。千葉は、左から右へと忙しく瞳を動かし、一番下の辺りで目の動きをとめ、黙って頷いた。田中の作ったシミュレーションは、最初に受注したのがA社なら、次はB社、その次はC社が受注するというもので、それ以降は、累計受注金額の最も少ない会社が次の仕事を取るという単純な仕組みだった。但し、表の下に※印があり、「チャンピオン決定の方法は上記を原則とするが、特殊な事情がある場合は、各社の協議によって決定できるものとする」と記載されていた。
「※印を削除して下さい。累計受注金額の一番少ないところが次のチャンピオンになればそれでいいんですよ」


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