2011年3月26日土曜日

俺の名は勘九郎(59)

特殊事情のことより、談合そのものに対する不安の方が、田中の胸では大きくなっていった。
「分かりました。ブログというのは、誰でも作れるのですか?」
「パソコンさえあれば、誰にでもできます。ですが、ブログに書くのは係数だけにして下さい。係数を記載するのは、入札の前日ということにしましょう。受注予定者が、入札の前日にブログを更新する。他の2社は係数を使って、チャンピオンの入札金額を計算して、自社の価格を決めるのです。累計受注金額の管理は各社でお願いします。但し、こんなふうにパソコンで表を作るのはよした方がいい」
千葉は、田中がつくったシミュレーションの表を示して言った。
「分かりました。ですが、一枚の紙で管理しなければ、間違いが起こらないでしょうか」
「単純な足し算ですからね。何度も確認すれば、間違いませんよ。入札の前日に、二つの会社がブログに係数を乗せるようなことがあったら、この談合はやめましょう。累計金額の足し算を間違えたのか、間違えたふりをして、話し合いに持ち込もうとしているかのどちらかということです。私はどんな場合にだって、特殊事情を話し合う気はありません。単純な計算ミスという可能性もあるでしょう。だけど、この足し算を間違うような不注意は許されません。それが出来ない人と心中しようという気にはなれません」
千葉の言葉がすべて正しいように田中は感じた。千葉の要求をすべて飲んだ、と上野に報告すればドヤされることは分かっていたが、田中は談合そのものに対して臆病になっていた。しかし「やっぱり談合はやめましょう」と言えば、殴られんばかりの言葉を浴びせられることも分かっていた。話を反故にできないのなら、千葉の言う通り少しでもリスクを減らすことを考えるしかなかった。千葉のような覚悟が、田中にはこれっぽっちもなかった。


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2011年3月7日月曜日

俺の名は勘九郎(58)

「2.5が係数ですよ」
「えっ!?」
「それは私がつくったブログです。つくったと言っても、グーグルのテンプレートに文字を入れただけですけどね」
「ミカりんもアキラも架空の人物ということですか?」
「恥ずかしながら、ミカりんというのは、うちの娘のニックネームです。アキラ君というのが、どうもボーイフレンド以上の関係のようでしてね。このブログはうちのパソコンでつくりました。万が一、自宅のパソコンが押収されても、カムフラージュになるでしょう。美香がこのブログの存在を知ったら、たぶん私は殺されますけどね」
千葉はそこで、いたずらっぽく笑った。
「談合って、そこまで慎重にやらなきゃいけないものなのですか」
田中はうなるように言った。
「やるなら、刑務所に入ることも覚悟してやるべきです」
千葉の目は、もう笑っていなかった。
「私の認識が甘かったようです」
田中が不安そうな顔をしていると、千葉が押し込むように続けた。
「この話は、浅野ソーラーの社長である田中さんが持ちかけたのですよ。あなたから電話があったとき、私は考えました。弱肉強食の世の中がいいのか、談合で安定する世の中がいいのか。都合のいい理屈に聞こえるかもしれませんけれど、自己正当化のために言っているわけではありません。談合で逮捕された社員を会社が守ってくれる時代じゃないですからね。懲戒解雇で、退職金も払われないリスクを考えたら、やってられませんよ。それでも勝ち負けだけの市場原理がすべてじゃないように私は思うのです。だから証拠が残りにくい方法を必死で考えました。特殊事情を話しあうために集まったり、携帯でやりとりするのは、まっぴら御免です」


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2011年3月1日火曜日

御礼

月に2回か3回しか更新しないにもかかわらず、いつも来て下さって本当にありがとうございます。
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卒業式のシーズンになりますが、このサイトを卒業するのはまだまだ先になりそうです。

これからも、よろしくお願いします。

俺の名は勘九郎(57)

「ホームページを使うのです。浅野さんだって、型式毎に標準価格を載せているでしょう。役所の仕様書を見れば、どの型式かはすぐ分かる。標準価格×台数×係数で入札金額を決めるのです」
「係数?」
「ええ。特殊な場所で工事をする場合、標準価格×台数が答えじゃないこともあるでしょう。その場合は、係数を高くします」
「係数もホームページに書くんですか?」
「そんなことをしたら、怪しまれてしまいますよ」
「それじゃあ、どうやって係数を連絡するんですか」
「ブログを使います」
「ブログ?」
「使ったことありますか?」
「ホームページと違うのですか?」
質問に答えようにも、田中には違いが分からなかった。
「似たようなものですけど、ブログは個人の日記みたいなものです」
すると千葉は、携帯を取り出して、ディスプレイをスライドさせ、小さなボタンを何度か押した。千葉が田中に携帯を渡すと、画面には『ミカりん日記』とタイトルがあり、その下には「今日のアキラとは、2.5ラブ。アキラには秘密だけど、ラブラブ指数をこっそり公表しちゃいます」と書かれていた。
「なんですか、これ?」


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