2011年7月31日日曜日

俺の名は勘九郎(69)

2008年になると景気は一気に悪化したが、不況こそチャンスだと考える企業があった。家具の販売で業績を伸ばしたその企業は、リゾートランドになる予定だった土地を藤吉不動産から安く買った。
複合映画施設を運営する会社を巻き込んで、リゾートプランは形を変えて動き始めた。F市はその計画に相乗りし、アクセスルートや市街地の整備を決めた。そうしてハイブリッド街路灯の計画も蘇ったわけだ。

営業部長になったばかりの猪俣は、F市のプロジェクトに、浅野ソーラーがどのように関与していたのかをまったく知らなかった。徳原グループの全体会議に田中と一緒に出席していた猪俣は、配布されたプリントに「F市のプロジェクトが再スタート」と書かれているのを見つけると「私が来る前の案件については社長からお話し下さい」と田中に言い、その件については説明する意思のないことを宣言した。徳原建設の道路建設部長が、F市が計画するアクセス道路の概要を説明し終えたとき、綱川が田中を見て聞いた。
「街路灯の方は、ハイブリッド型になりそうですか?」
徳原建設の綱川社長が、田中に尋ねると、田中は答えに窮してしまった。それを見ていた上野はイライラとして
「田中が分からないなら、猪俣が答えろ」
と命令した。
「その件については、蔵島さんから引き継ぎを受けていないので、私はなにも知りません」
猪俣は、自分の責任ではないと言わんばかりの弁明をした。田中は、次回の会議までに調べて参ります、といってその場を取り繕おうとしたが、上野は、会議が終わるまでに調べろ、と命令した。


「続きが楽しみ」と思ったら押して下さい。

2011年7月18日月曜日

俺の名は勘九郎(68)

開発の主体である藤吉不動産や地元の設計コンサルタント、そして建設会社や物流会社などを歩きまわって、山崎は計画の概要をつかんだ。ウィンディーサニーを売り込むべき設計コンサルタント会社の担当者とも親しくなり、一度に100基以上の街路灯を設置できそうな大型プロジェクトに山崎は食い込んだ。

計画が詳細検討の段階に入ると、営業部長だった蔵島も熱心に動き出し、技術部からはエース格の中堅社員が投入された。リゾートランド内を走るメインストリートや周遊道路の計画が固まり、街路灯の配置や機器の概要を決める段階で、山崎は「ウィンディーサニー」と読める内容を、仕様書の原型となる資料に盛り込むことができた。

プロジェクトの概要が地元の住民に説明されたとき、アクセスルートの予定地になっている雑木林には大鷹の巣があるはずだという指摘があった。藤吉不動産の用地買収係は、土地の取得に関する交渉はまとまっているから問題ないと主張したが、自然保護団体の反発を恐れた市の責任者は、鷹の巣が見つかったら、周遊道路のルートを再検討すると約束した。

やがて大鷹の営巣が確認され、別のルート探しが始まったのだが、そうこうするうちに、景気後退がささやかれ始めた。「いざなぎ景気を超える戦後最長の好景気」と発表されていた景気は「格差景気」とも呼ばれ、浮かれた気分のまったくない好況はいつの間にか幕を閉じていた。勝ち組だった藤吉不動産の社内でも、不況に向かう時期のリゾート開発は中止すべきだという声が強くなり、結局、リゾートランドプランは、いったん凍結されることになってしまった。


「続きが楽しみ」と思ったら押して下さい。

2011年7月3日日曜日

俺の名は勘九郎(67)

市役所の会議室に二人きりだったので、つい気安くなりがちだったが、それでも蔵島や部内の先輩としゃべるときよりはいくぶん気を使いながら、山崎は話した。
「はあ・・・?」
いきなり何を言い出すのかという顔の神田に、山崎はシャワールームのカーテンが尻にペタリと張り付く現象のことを説明した。
「ああ、それなら『ベルヌーイの定理』で説明できるんじゃないかな」
「エッ!もう誰かが発見しちゃってる法則なんですか?」
「スイスの人だったかな。シャワーを出すと空気の流れるスピードが変わるから、それが気圧に影響して起こる現象だと思うけど、気になるんだったら、調べてみなよ」
「そうだったんですか。世紀の大発見かと思ったのに。」
「江戸時代に生まれてたら、山崎さんの名前が物理の法則に付いてたかもしれないね」
「いや、ビジネスホテルがないと無理なんで、江戸時代じゃダメだったと思います」
「ハハハ、もっともだ」
「それより神田さん、さっき言ってたリゾートランドプランでしたっけ?それって観光地開発かなんかですか?」
「山崎さーん、営業マンなんだから、そこにすぐ食いつかないと」
「すいません。昨日の夜からずっと興奮してたもんで」
「しょうがないなあ。平成のベルヌーイに敬意を表して、教えてあげようか」
そう言って神田は、F市が計画しているリゾートランドプランのヒントを山崎に教えた。それはまだ具体化する前の段階だったが、山崎は初めて自分の手で掴みつつある都市開発の情報に、もう一度胸を震わせた。


「続きが楽しみ」と思ったら押して下さい。