2011年8月13日土曜日

俺の名は勘九郎(71)

山崎は、いきあたりばったりで無計画な性格だったが、それだけにと言うべきか、突然訪れた状況に対して物怖じするタイプではなかった。しっかり準備して本番に臨むことが習慣になっていないため、大きなポカをすることもあったが、それは若者に共通の性質なのかもしれない。役員たちが集まる会議で、突然、プロジェクトの概要説明をすることになったときも、部屋に入った一瞬こそひるんだものの、すぐに平常の落ち着きを取り戻した。それは知らないことや出来ないことを取り繕おうとしない山崎の気質がそうさせているのだった。

もしそのとき、山崎の頭の中にプロジェクトの概要が入っていなければ、山崎は恥じることなく「忘れました」と言ったはずだ。忘れてしまったことや知らないという事実を、山崎はあっけらかんと白状してしまう。それで山崎を愚か者とみなす人間もいるが、相手に悟られないように注意して、知らないくせに相槌をうち、その場をやり過ごそうとする人間がどれだけ多いことだろう。俺の観察によれば、山崎のような潔さを持っている人間は少数派だ。

唐突に会議に呼び出された山崎は、資料も手帳も持たずにやってきたが、自分が力を入れて営業した案件だけあって、プロジェクトの概要や実現までの課題などは頭の中に入っていた。山崎はそれをよどみのない口調で説明した。

説明を聞いている途中で上野は一度、フンと鼻をならしたが、それから後は無表情だった。


「続きが楽しみ」と思ったら押して下さい。

2011年8月7日日曜日

俺の名は勘九郎(70)

慌てて会議室を飛び出した田中は、廊下に出るとすぐに携帯を取り出して蔵島に電話した。しかし、携帯からは「電源が入っていないためかかりません」というアナウンスが返ってくるばかりだった。田中は垣内という名の秘書に電話して、蔵島がどこにいるかを調べさせると、宮崎へ向かっていて、今ごろ飛行機の中だろうということだった。
しかたがなく田中は「山崎がいたら、いそいで8階の大会議室に呼んでくれ」と垣内に頼んだ。垣内は慌てて山崎に声をかけ、山崎は徳原グループの全体会議だとも知らず、8階の会議室へ向かった。
ノックして会議室の扉を開けた山崎は、ずらりと並ぶ役員たちの顔を見て、一瞬たじろいだ。それが、徳原建設の役員やグループ会社の社長たちだとは知らなかったが、赤茶色のテーブルがコの字に型に並ぶ会議室で、神妙な顔をして座っているのが、お偉いさんたちだろうということは山崎にも想像がついた。後方のスクリーンに一番近い席で田中が手を振ったので、山崎は、スクリーンと正対して座る役員の方を見て一礼すると、田中の方へ歩きだした。
「こんな小僧を中に入れるな!」
田中と対角の位置に座っている上野が、一喝した。
「蔵島専務が出張中なので、Fプロジェクトに一番詳しい彼に説明してもらおうと思ったのですが…」
「外で聞いて、お前が報告すればいいんだ!」
上野には、自分の周りにはべるものを一定の役職者以上にすることで、カリスマ性を演出しようとするところがあった。
「まあまあ、上野さん。もうそこに来ているのですから、若い人に発表してもらうのも、たまにはいいでしょう」
トップの綱島がとりなしたので上野が黙ると、田中は山崎にプロジェクト概要を説明するように促した。


「続きが楽しみ」と思ったら押して下さい。