2011年11月3日木曜日

俺の名は勘九郎(76)

十一
スージーがミカリン日記に「やっぱり自由行動でいいわ」と書き込みしたのは、入札が行われる1カ月ほど前のことだった。猪俣はそれを鳥海ウィンドパワーの敗北宣言だと理解した。技術力が足りなかったということなのだろう。
F市の件は価格勝負になると猪俣から聞いて、山崎は「えっ」と思わず声に出してしまった。
「うちがとる番じゃないんですか?」
「どこが仕事をとるかなんて、決まっているわけがないだろう」
わざとらしい猪俣の答えを無視して山崎は続けた。
「技術には、ウチがとる順番なのだろう、と言って原価を準備させています。このままじゃ、安い原価にはなりません」
「なに!」
今度は猪俣が色をなした。談合で取れる仕事なら、ギリギリと絞り上げた原価で入札する必要はないのだが、技術部が早くもそんな体質になってしまっているとは思わなかった。
「徹底的に安くしろ。この仕事は必ず取れ!」
猪俣の唇はねじれていた。それは上野からの厳命でもあったのだ。大型工事の受注に失敗したばかりの徳原エナジルが、子会社の受注もかき集めて、なんとか穴埋めしようと躍起になっていたからだ。
「ポールの業者を、変えてもいいですか?」
山崎の質問に、猪俣は怪訝な顔をした。猪俣に昔の話は分からない。
「以前はヨウザンという会社を使っていました。エナジルの指定業者より、安くていいものが出来ると思います」



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