2012年3月17日土曜日

俺の名は勘九郎(84)

調達課で集約した見積と自社の工場でかかる費用を合算してコストを作るのは技術部の仕事だが、技術課長は、最後に出来上がったコストを、一律で10%カットした。過去のデータから類推した村上製作所の想定価格を下回る予算を作るにはそうするしかなかったのだ。
猪俣はそれを入札金額にした。通常なら、技術部のコストに利益を上乗せして見積書を完成させるのだか、仕事をとることを優先したのだ。ギリギリと絞ったコストをさらにカットした数字にまったく利益を乗せず見積書は出来上がった。それでも、村上に勝てる保証はないというのが、上層部の認識だった。利益よりも受注の確保に走ったのは、上野が鬼に形相でグループ会社の社長たちに檄を飛ばしたからだ。エナジルはもちろん、傘下の会社は、利益度外視の受注戦略を立てた。それは戦略というよりは、玉砕覚悟の特攻だったが、天皇と呼ばれるようになっていた上野に忠告できる者はいなかった。徳原グループの総帥である綱川に対しては「エナジルは今年も受注を伸ばす」と豪語するだけで、それ以上の報告はしなかった。
F市の神田が「落札者は、浅野ソーラーさんです」と入札結果を発表したとき、山崎はパっと明るい表情になり、思い入れの深いプロジェクトを手に入れた喜びをかみしめた。と同時に、尾藤があの見積から金額を下げてくれるだろうか、という不安が頭をよぎった。しかしそれでもやはり、受注した喜びの方が遥かに大きかった。


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