2012年5月12日土曜日

俺の名は勘九郎(87)

浅野ソーラーとヨウザンの契約交渉が決着したのは、翌年の2月で、ちょうど浅野の一周忌の頃だった。 結局、尾藤は1円の値引きもしなかった。杉本だけでなく、田中もそれを聞いて、苦々しく思ったが、ヨウザンより安い見積を出した業者は他に一社しかなかった。実績のないその業者に仕事を任せることは出来ないと判断した田中は、尾藤の言い値で契約することを杉本に認めた。 たっぷりとあったはずの納期にも危険信号が出ていた。 「納期は、契約後3カ月の約束ですから、5月の中旬になります」 尾藤は、そこでも正論を主張した。 「ばかな。それじゃあ、うちで組み立てる時間がない。連休前には、納めて下さい。うちは、連休返上でやっても、ぎりぎりだ」 杉本は今度こそ、強硬に主張した。価格交渉で突っ張り過ぎたかもしれないと感じていた尾藤は、杉本の机に広げた工程表の向きをかえ、しばらくそれを睨めていた。 「分かりました。4月の28日にお届けしましょう」 尾藤は、短縮できそうな工程を皮算用して、杉本にそう約束した。 >
カバンの中に眠らせてしまった図面を発見して、山崎は「やっべえ!」と思わず声を上げた。山崎の机と向かい合わせに座っていた女子社員が、どうしたの?と驚いた顔で尋ねたが、山崎は答える前に席を立っていた。技術課長の永野の所へ飛んで行った山崎は「すいません、承認図、返し忘れてました」と失態を告白した。 図面の承認というのは、発注者が、業者の作った図面を承認する行為で、業者は承認された図面の内容に従って製作を開始する。 F市の神田がヨウザンの工場を見たいというので、尾藤のところへ連れていく前の日のことだった。案内役の山崎は「承認図を尾藤さんに渡してくれ」と永野から頼まれていたのだが、ヨウザンの工場につくと、承認図のことをすっかり忘れてしまった。それから一週間が経って、山崎はようやくカバンのポケットにしまってあった図面に気がついた。 >
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