2012年9月29日土曜日

俺の名は勘九郎(95)

《えっ!勘九郎さんは、堀田さんを知っているのですか?》
コタローも声にだして答えた。
《堀田は、俺の同居人と同じ会社にいたんだ。しばらく前に堀田は辞めてしまったけどな。まさか本当にホームレスになっているとは》
《家はありませんけど、生活はちゃんとしてますよ。毎日決まった時間にスーツを着て出かけていきます。3日に一度は銭湯にも行ってるんですよ》
《毎日スーツを着てどこに行ってるんだい?》
《区役所や図書館や、その他にもいろんなところに行っています》
俺たちがそんなやりとりをしていると、堀田がコタローに話しかけてきた。
「カラスとケンカしても、コタローじゃ勝てねえぞ」
しかし、堀田はすぐに俺たちがケンカしている様子ではないことに気づいた。
何だか話をしているみたいだ、堀田はちらりとそんなことを思ったが「飯にするか」とコタローに言って、段ボール箱から取り出したジャージに着替え始めた。


「続きが楽しみ」と思ったら押して下さい。



2012年9月22日土曜日

俺の名は勘九郎(94)

《どうして勘九郎さんは、人間に飼われているんですか?》
《晩飯を調達する手間が省けるから、かな。どちらかといえば、成り行きさ。飼われているというより、ねぐらをそこにしているだけだ。鳥かごはベランダにあって、出入りは自由だ。雨の夜は、部屋に取り込んでもらえるから、まあ快適でもある》
《飼い主は、いい人なんですか?》
《飼い主、と言われると抵抗があるが、イヤなやつではない。少なくとも犬に服を着せたりはしないタイプだ》
《自然な人なのでしょうね。じゃなきゃ、勘九郎さんが一緒に住むことなんてなさそうです》
《なかなかいい観察だよ。よく見て推理するのは大切なことだ。将来は「犬の探偵さん」か》
《バカにしないで下さい》
傾きはじめたと思った太陽はもう沈みかけていたが、それでも西の彼方に残る朱色の空は、昨日よりもゆっくりと暮れていくようだった。春の訪れは先だが、梅の木を見れば、小さな芽が枝先で棘のような角を出し、息吹きの日を待っていた。
俺はコタローに、いつまでこの公園にいるのかを聞いてから、山崎の家に帰ろうとした。コタローは、今夜ここの人に別れを告げたら、明日には出ると言うので、俺は次の日もこの公園に来ることにした。
じゃあな、と声をかけ、飛び立とうとしたとき、街灯の薄明りを背中に受けて、スーツ姿と分かる黒いシルエットが俺たちの方に近づいてきた。どこかで見た歩き方だと思っていると、コタローが尻尾を振って嬉しそうに走り出し、ワン・ワンと鳴いた。コタローは、《お帰り!堀田さん》と元気よく言ったのだ。
見覚えのある歩き方の主は堀田だった。堀田がぶら下げている透明のビニール袋からはドッグフードと1リットルサイズの牛乳パックが見え、その他に缶ビールとワンカップの酒が何本か入っていた。
《コタローが堀田といるとは驚きだ》
念を送るだけではなく、声に出して俺は言った。


「続きが楽しみ」と思ったら押して下さい。