2012年9月22日土曜日

俺の名は勘九郎(94)

《どうして勘九郎さんは、人間に飼われているんですか?》
《晩飯を調達する手間が省けるから、かな。どちらかといえば、成り行きさ。飼われているというより、ねぐらをそこにしているだけだ。鳥かごはベランダにあって、出入りは自由だ。雨の夜は、部屋に取り込んでもらえるから、まあ快適でもある》
《飼い主は、いい人なんですか?》
《飼い主、と言われると抵抗があるが、イヤなやつではない。少なくとも犬に服を着せたりはしないタイプだ》
《自然な人なのでしょうね。じゃなきゃ、勘九郎さんが一緒に住むことなんてなさそうです》
《なかなかいい観察だよ。よく見て推理するのは大切なことだ。将来は「犬の探偵さん」か》
《バカにしないで下さい》
傾きはじめたと思った太陽はもう沈みかけていたが、それでも西の彼方に残る朱色の空は、昨日よりもゆっくりと暮れていくようだった。春の訪れは先だが、梅の木を見れば、小さな芽が枝先で棘のような角を出し、息吹きの日を待っていた。
俺はコタローに、いつまでこの公園にいるのかを聞いてから、山崎の家に帰ろうとした。コタローは、今夜ここの人に別れを告げたら、明日には出ると言うので、俺は次の日もこの公園に来ることにした。
じゃあな、と声をかけ、飛び立とうとしたとき、街灯の薄明りを背中に受けて、スーツ姿と分かる黒いシルエットが俺たちの方に近づいてきた。どこかで見た歩き方だと思っていると、コタローが尻尾を振って嬉しそうに走り出し、ワン・ワンと鳴いた。コタローは、《お帰り!堀田さん》と元気よく言ったのだ。
見覚えのある歩き方の主は堀田だった。堀田がぶら下げている透明のビニール袋からはドッグフードと1リットルサイズの牛乳パックが見え、その他に缶ビールとワンカップの酒が何本か入っていた。
《コタローが堀田といるとは驚きだ》
念を送るだけではなく、声に出して俺は言った。


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