2012年10月27日土曜日

俺の名は勘九郎(97)


《何か気になることでもあるのかい?》
《勘九郎さんの感知力ってすごいんですね。ぼくは今、なるべく不安な気持ちが出ないように気をつけて、念を送ったつもりだったのですけど》
《感情のコントロールは難しいのさ。俺だって、不安や怒りを殺しながらしゃべるのは大変だよ》
《毅然と生きるには、心の制御が大切なのでしょうね。堀田さんは強い人ですが、思ったことがそのまま行動に表れてしまう人です》
《そんなタイプだな。俺も何度か、堀田が激昂するのを見たよ。堀田は、ホームレスを支援するNPOの設立に邁進している頃だと思っていたのだが》
《はい、それもやってますけど、ある人に復讐しようとしています。サラリーマン時代の恨みを晴らすそうです》
《上野のことだな。堀田がいた会社の親会社の社長さ。どうやって復讐してやろうというんだい?》
《市民団体の力を利用しようとしているみたいです》
《市民団体?》
《表向きは、消費者を守る市民運動家が集まるNPO法人として活動してますが、実態はかなり過激な組織のようです》
《ミイラ取りがミイラにならなきゃいいがな》
《えっ?》
《団体の力を利用しようとしている堀田が、その団体に染まってしまわなきゃいいってことさ》
《ああ…。その危険はあると思います。堀田さん自身、その団体と関わりあうのは、復讐が済んだら終わりにするつもりみたですけど》
《団体の名前は?》
《「名前のない市民団」》
《名前のない市民団…か。薄気味の悪い名前だな。それとも正義の味方は、問われても名乗らないのかな》
《市民団の人たちは、自分たちの活動を正義の執行だと思っているようです。堀田さんも、彼らの主義や主張が正論であることは分かっているのですが、初めは強い違和感を持っていました。けれど、最近は「違う」という感覚が薄れ始めています。ぼくの不安は、それと反比例するように強くなってきました》
《正義の執行者…。ますますもって近づきたくないタイプだね。その団体と堀田は、どう関係しているんだい?》



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2012年10月12日金曜日

俺の名は勘九郎(96)

山崎と雪乃が同棲して八ヶ月になろうとしていた。雪乃というのは、キトと一緒にこの部屋にやってきて、俺を見るなり「なにこいつ」と言ったあの女だ。コタローの話によると、雪乃がその公園にやってきたのは、堀田とコタローが一緒に住むようになる直前だと言う。それはちょうど、雪乃が山崎の前に現れたころでもあった。
雪乃はある日、宮下公園にやってきて、地べたに置いた薄汚れのスーツケースから箱入りのチョコレート菓子を取り出し、キトに食べさせたそうだ。食べても安心だとキトに言われてコタローもそれを口にした。雪乃がキトの頭をなでた瞬間、コタローには、キトの体に電気が走ったように見えた。その後のキトは普通にしゃべっていたのだが、翌日から姿を消してしまった。
何日待っても、キトは現れなかった。自分が何かして嫌われたのだろうかと不安にもなったが、コタローに思い当たる節はなかったそうだ。

《堀田は、まだあの公園に住み続けるつもりなのかい?》
コタローの上空数メートルのところから、俺は念を送った。明治通りを左にそれた小路を北に進み、コタローは山崎のマンションがある中野を目指して、歩いていた。
《公園からホームレスを追い出す前に、社会のセーフティーネットを整備しろって、区に働きかけているようです》
《堀田は、昨日が別れの日だった事を意識していたのかい?》
《ええ。ぼくにここを出るように言ったのは堀田さんでしたから。今朝出かけるときにお別れをしました》
《そうか。つらかったようだな》
《はい。たくさん泣きました。人間にもいい人はいるのですね。激情家ですが、真っすぐな人でした》
《通じ合っていたんだな》
《そうですね。ぼくは初め、人間の言葉だけを理解きたのですが、堀田さんの考えていることは心のなかまで分かるようになりました。いろんな人や動物の考えを読めるようになったのはそれからです》
《堀田が昼間、スーツで出かけるのは、区の役人と直談判するためかい?》
《それもあるみたいですが、昼間は別なことをしている日のほうが多いです。》
コタローの意識に曇がかかったように感じたので、おれはスピードを落とし、コタローがゆっくりと歩けるように飛んだ。



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