2012年10月12日金曜日

俺の名は勘九郎(96)

山崎と雪乃が同棲して八ヶ月になろうとしていた。雪乃というのは、キトと一緒にこの部屋にやってきて、俺を見るなり「なにこいつ」と言ったあの女だ。コタローの話によると、雪乃がその公園にやってきたのは、堀田とコタローが一緒に住むようになる直前だと言う。それはちょうど、雪乃が山崎の前に現れたころでもあった。
雪乃はある日、宮下公園にやってきて、地べたに置いた薄汚れのスーツケースから箱入りのチョコレート菓子を取り出し、キトに食べさせたそうだ。食べても安心だとキトに言われてコタローもそれを口にした。雪乃がキトの頭をなでた瞬間、コタローには、キトの体に電気が走ったように見えた。その後のキトは普通にしゃべっていたのだが、翌日から姿を消してしまった。
何日待っても、キトは現れなかった。自分が何かして嫌われたのだろうかと不安にもなったが、コタローに思い当たる節はなかったそうだ。

《堀田は、まだあの公園に住み続けるつもりなのかい?》
コタローの上空数メートルのところから、俺は念を送った。明治通りを左にそれた小路を北に進み、コタローは山崎のマンションがある中野を目指して、歩いていた。
《公園からホームレスを追い出す前に、社会のセーフティーネットを整備しろって、区に働きかけているようです》
《堀田は、昨日が別れの日だった事を意識していたのかい?》
《ええ。ぼくにここを出るように言ったのは堀田さんでしたから。今朝出かけるときにお別れをしました》
《そうか。つらかったようだな》
《はい。たくさん泣きました。人間にもいい人はいるのですね。激情家ですが、真っすぐな人でした》
《通じ合っていたんだな》
《そうですね。ぼくは初め、人間の言葉だけを理解きたのですが、堀田さんの考えていることは心のなかまで分かるようになりました。いろんな人や動物の考えを読めるようになったのはそれからです》
《堀田が昼間、スーツで出かけるのは、区の役人と直談判するためかい?》
《それもあるみたいですが、昼間は別なことをしている日のほうが多いです。》
コタローの意識に曇がかかったように感じたので、おれはスピードを落とし、コタローがゆっくりと歩けるように飛んだ。



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