2013年3月20日水曜日

俺の名は勘九郎(105)

十三
雨に濡れた歩道の縁石に桜の花びらが、ぎっしりと押しやられていた。灰色の空にそびえる小田原城の天守閣をちらりと眺め、公園を突き抜けて、山崎はヨウザンの工場へと向かった。タクシーを飛ばした2カ月前と違い、20分ほどの距離を歩く余裕があった。
F市のプロジェクトが、採算上厳しいことに変わりはなかった。しかし、なんとか納期を確保しつつあり、新しくできる市街地の歩道に、ウィンディーサニーの並ぶ姿を想像すると、山崎はわくわくとした気分になった。
ほんの陣中見舞いのつもりだったので、山崎はアポイントも取らずにヨウザンを訪れた。手土産の菓子折を総務の女性に渡して「尾藤さんがお手すきなら、ひとことご挨拶したいのですが」と頼むと、尾藤は工場ですが今はちょっと、と言ってその女性は口ごもってしまった。
「突然来てしまい、申し訳ございません。それでは、名刺を置いて帰りますので、尾藤さんによろしくお伝えください」
尾藤が不在なら、市内の街路灯の設置状況を確認して帰るつもりだったので、山崎はすぐに工場を去ろうとした。技術課長の永野から、ヨウザンの工程に問題はないと聞いていたので、山崎は心配することもないのだろうと思ったが、一応その女性に「だいぶお忙しいのですか?」と尋ねてみた。山崎が浅野ソーラーの社員であることを知っているその女性は、質問には応えず「尾藤に声をかけてみますので、少々お待ち下さい」と言って、山崎を小さな応接室に案内した。尾藤は5分ほどでやってきたのだが、顔は土色で目の下には大きな隈が出来ていた。
「一週間前に、大変なことが判っちまいましてね。ちょっと渋いんですわ」
「何かトラブルですか?」
「ブラジルから輸入したパイプの肉厚が足りなかったんですよ。静岡の工場に送る信号機用のポールなんですが、実は浅野さん向けのポールも同じメーカーに注文しているんです」
「うちのは大丈夫だったんですか?」


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