2013年3月14日木曜日

俺の名は勘九郎(104)


《でも、どうして人間なんだ? 俺は動物や植物だけじゃなく、鉱物とだって話しができる。他のヤツらに負けないだけの修行をしてきた。人間の力を借りなくたって十分だ》
《たしかに、十分よ。ただ生きてくだけならね。人間だって、自分たちの都合のいいように生きているだけ。人間が、あたしたちの都合を考えてくれたことがある?
山を崩して、海を埋め、都合よく地球をつくり変えてるわ。人間以外の生きものは、どんどん消えていく。そのくせ、絶滅しそうな動物に、偶然気づいた時だけ助けようとするのよ。カラスだって、絶滅しそうになったら救済されるわ、佐渡のトキみたいにね》
《どうだろうな。「ついにカラスを撲滅しました!」って喜ぶ人間の方が多そうだ》
《重度の被害妄想ね。でもね、念の力を忘れてしまった人間だからこそ、あたしたちの能力を刺激できるの。きっと人間にもテレパスを取り戻そうとする本能があるんだわ。人間が少しでもあたしたちの気持ちに気づいてくれたら、地球だって寿命を縮めずにすむのに》
《人間のやっていることなんて、ちっぽけなことさ。この星が本気になったら、人間なんて簡単に滅ぼしてしまう》
《あら、地球とも会話したことがあるの?》
《今度、試してみるさ。山崎に俺の力を高めてもらった後でな》
そして俺は、その場から飛び去った。コタローもゆっくりキトと話しがしたいだろう。コタローは、母親と再会した子供のような目をしていた。


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2013年2月24日日曜日

俺の名は勘九郎(103)

《ぼくは、キトさんに教えてもらったときです。それまでは、人間が声にだしてしゃべる言葉をときどき理解できたので、不思議な感じがしただけです。犬語を使えるのは当たり前のことですから、それが念の力だなんて思ったことはありませんでした》
《それが普通さ。読まれてることを知らなきゃ、気楽に生きていけるからな。人間が一番いい例さ。言葉が唯一のコミュニケーションだと思っているから、嘘をつくことにためらいさえ失くしてしまった》
《そんな連中ばかりじゃないのよ。勘九郎だって気づいてると思うけど》
《ぼくだって、それくらいのことは分かります》
コタローはキトに子供扱いされたと思ったようで、いきがった。
《そうね。コタローもそれが分かったから、成長したんだろうね》 コタローは少し得意げな顔になった。
《嘘をつかないことをルールにして生きている人間もいるし、嘘をつかない自分が好きだから、そうしている人間もいるわ》
《どちらも少数派だな》
《でも、そんな人間と通じ合えたときに、私たちの力が大きく伸びるのよ。あのときの女の子が、雪乃なの。今の雪乃はしょっちゅう嘘をついているわ。でも、なぜ彼女が嘘をつくようになってしまったのか、あたしには分かるの。あたしには彼女が必要だし、彼女にはあたしが必要なのよ》
《俺は今までそんな風に人間と付き合ったことはないな。人間の力を借りなくたって、力はいくらでも伸ばせる》
《そうかしら。最近のあんたの成長は、ハンのおかげだけじゃないはずだわ。出会ったのよ。あんたに必要な人間と》
《山崎が、俺の力を伸ばしているとでもいうのか》
《気づいているんでしょ。あんたほどのカラスだもの》
素直に受け入れたくはなかった。俺たちは人間から忌み嫌われてきた存在だ。「まっくろで薄気味悪い」「ゴミをちらかす害鳥」と言われ続けた。近づけば追い払われる。都会じゃあ、特にそうだ。森がなくなり、住むところを奪われた。森がなくなれば、食い物も減る。しかたがないから、人間が残した食糧を処分してやることになる。わざわざ半透明の袋に食糧を入れて、一か所にまとめておいてくれる。ご丁寧なことだ。「食べきれなかったご飯を、カラスさんどうぞ」と言っているようなものじゃないか。それを食ってなにが悪い。
《あんたの気持ちも分からないではないわ》
《ノラ犬のぼくにだって、遊んでくれる人がいますからね》
どうやら全開の頭で考えてしまったらしい。コタローにまで読まれてしまった。


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2013年2月2日土曜日

俺の名は勘九郎(102)


《あんたほどの使い手でも、気づいていなかったのね。マタギの力を意識して使える動物なら、だれでもその力を伸ばそうとするわ。あんたが一生懸命、ハンから学ぼうとしているようにね》
《ハンのことを知っていたのか》
《当たり前よ。あんた、いつもカゴのなかで、ハンから習ったことを復習してるじゃない》
《うかつだったな。キトに盗まれてるとは思わなかった》
《失礼ねえ。あんたが漏らしてただけじゃない。それにあんただってハンの技を盗んでいるんでしょ》
《盗むというより、感じ取っているだけさ》
《あたしだって同じよ。あんたから盗んでいるつもりじゃないわ》
《すまなかった。盗むという表現は、穏当じゃなかったな。それで、能力を高めるために、必要な人間というのは?》
《言葉を使うようになった人間は、長い年月のうちに、念を使う能力を失くしてしまったわ。そして、すべての動物に心があることさえも忘れてしまったの。けれど中には動物や植物にも意思があることを信じていて、話しかけてくる人間もいるわ。車や道具に愛着をもって、大切に扱う人もいるわね。そんな人間は、あたしたちとシンクロしやすいの。
あたしの力が飛躍したのは、あたしにこっそり餌を与えてくれた女の子と心が通じた時だったわ。理科室の裏で倒れていたあたしを拾って家に帰ったその子は、母親にひどくしかられたの。母親は猫の毛に触れるとアレルギーの出る体質だったのね。それで、あたしを見るなり、元の場所に捨ててきなさいって彼女を叱ったの。小学一年だった彼女は、体育小屋の裏に、段ボールの箱をおいて、あたしの面倒を看てくれたわ。生まれて半年のあたしは、風邪をこじらせて、ひどい熱を出していたの。彼女は毎朝、パンとミルクを持ってきてくれたわ。授業が始まる前に来てくれて、放課後には残しておいた給食を運んでくれた。そんなことが一週間くらい続いて、あたしは起きて歩けるようになったの。彼女があたしに気づいてくれなかったら、あたしは死んでいたわ。あたしはなんとかして彼女に気持ちを伝えたいって思ったの。あたしが強く、強く、ありがとうって念じたときに、彼女が笑ってくれたわ。次の一週間も、彼女は毎日やってきて、あたしにいろんなことを話してくれたの。あたしはすっかり元気になったし、彼女の言葉と気持ちが全部分かるようになったわ。彼女も偽りのない言葉をあたしにくれていたのね。
ある日、一人の少年がやってきたの。鼻の形が彼女と似ていたし、左手に持っていたパンがいつもと同じ匂いだったから、たぶん兄さんなんだと思った。目つきは全然似てなかったけどね。地面に置かれたパンをあたしが食べ始めると、彼はいきなりあたしの首の皮を掴んで、茶色い紙袋を頭から被せたわ。尻ごみして逃げようとしても脚は宙をかくばかりで、すぐに彼は、チャックのついた布袋にあたしを押し籠めたわ。そして小屋の脇に留めてあった自転車のカゴに袋を入れて、走りだしたの。でこぼこ道を、せいいっぱいの力でペダルをこいだのでしょうね。真っ暗闇に包まれたまま、なんども、なんどもスチールの格子に背中を打ちつけられたわ。あたしは痛いというよりも、恨めしい気持ちだった。だって、口の中に残っていたパンが「ゴメンね」って泣いていたんだもの。それは、あの女の子の意思だったわ。彼女の気持ちがパンの一切れに乗り移ったに違いないの。あの子は、あたしがこうされるのを知っていた。それに気づいてしまって、悔しかったの。
どれくらいの時間だったかは忘れてしまったけど、あたしにはとても長い時間に感じたわ。彼はよくやく自転車を止めて、あたしを布袋から出して、紙袋のまま、地面に降ろしたの。あたしはバックしながら、頭の紙袋を地面にこすりつけて、ようやく紙袋を外すことができたわ。外はもう夕暮れどきで、見たことのない沼の縁に、あたしはいたの。彼は自転車のハンドルをグイとまわすと、サドルにまたがって、帰ろうとしたわ。あたしは一生懸命、彼の頭の中を調べたの。
母親はなぜか娘を毛嫌いしていたみたい。ネコアレルギーだけが理由じゃなかったわ。あの子の体についていた、あたしの毛のせいで、母親が顔や腕を真っ赤に腫らしていたことは確かだった。それを理由にあの子をぶったの。なんどもなんども。お兄ちゃんはそれが我慢できなかったのね。だからあたしを捨てるってあの子に宣言した。それでも、あの子は「あと一日、もう一日だけ」とお兄ちゃんに頼んだのね。私の体が回復するまで待ってくれって。
コタロー、あんた、念の存在に気づいたのはいつから?》
キトは長い話しを中断して、不意にコタローに質問した。


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2013年1月5日土曜日

俺の名は勘九郎(101)


《キトさん、僕、いろんな動物と会話できるようになりましたよ。人間の言葉だって、嘘とホントの区別がつくようになりました。頭の中で考えていることも、ほとんど分かります。まだまだキトさんのようには出来ませんけど、独りになってから一生懸命、頑張りました》
《そう。よかったわね》
《2歳の小僧にしちゃあ、たいしたものだぜ。》
キトがそっけないので、俺はフォローしてやった
《犬の1年は、人間の7年に相当するんだったかしら。コタローも14歳なら、自立できる歳じゃない。あたしがそばにいない方がよかったのよ》
《だからって、突然いなくなることないじゃないですか!》
コタローはいくぶん非難めいた調子で言った。
《あんたに声をかけたら、着いてきちゃうと思ったのさ。あの人はネコ好きだけど、犬はダメだったからね》
《あの人って、ピンクのスーツケースを引きずるように歩いていたあの女の人ですか》
《そうよ。あたしはどうしても、あの人に着いていかなきゃいけなかったの?》
《その女というのは雪乃のことかい?》
《そう》
《どうして、その女の人に着いていく必要があったのですか?》
《あたしたちの能力を高めるためには、ある特定の人間が必要なの》
《ある特定の人間?》
キトの意味するところが分からず、俺は聞き返した。


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2012年12月16日日曜日

俺の名は勘九郎(100)


誰かが降りたばかりなのだろう。公園のブランコが、小さく揺れていた。ブランコの後ろにある古びた木製のベンチの上で、キトは丸くなって眠っていた。山崎の家からすぐの場所にあり、南中する前の日光を浴びながら居眠りするのが、キトの午前の日課だった。キトを連れて山崎の部屋にやってきた雪乃は、山崎と一緒に朝食をとることもあったし、山崎が出かける時間になってもベッドから出てこないこともあった。
猫の視線はセックスの邪魔にはならないらしく、山崎と雪乃は3日に一度は体を重ね合わせていた。170cmの山崎より少しだけ上背のある雪乃は、ひょろりと痩せていたが、胸と尻の辺りだけは肉づきのいい女だった。整った目鼻立ちを見るにつけ、顎の骨があと1センチ短ければ、2流のテレビタレントくらいにはなれるだろうと俺はいつも思うのだが、山崎は、彼女の容姿に十分満足していたようだ。雪乃はシフト制のアルバイトをしていると言っていたが、勤務時間はかなり不規則だった。一度俺はキトに、雪乃がどんな女なのか聞いてみたが、キトは、答えたくないようだった。
《キトさん、キトさん、キトさーん!》
ベンチに着く前から、コタローは、3度もキトの名を叫んだ。コタローがその日公園を訪れることは知らせてあったので、キトは別段驚いた風もなかった。薄くまぶたを持ち上げてコタローの姿を認めると、危うくまた眠り込みそうになった。
《それはないぜ、キト》
俺が言うと、キトは少し面倒くさそうに、久しぶりね、とコタローの方を見て、念を送った。


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2012年12月1日土曜日

俺の名は勘九郎(99)


《団体の名前は?》
《「名前のない市民団」》
《名前のない市民団…か。薄気味の悪い名前だな。それとも正義の味方は、問われても名乗らないのかな》
《市民団の人たちは、自分たちの活動を正義の執行だと思っているようです。堀田さんも、彼らの主義や主張が正論であることは分かっているのですが、初めは強い違和感を持っていました。けれど、最近は「違う」という感覚が薄れ始めています。ぼくの不安は、それと反比例するように強くなってきました》
《正義の執行者…。ますますもって近づきたくないタイプだね。その団体と堀田は、どう関係しているんだい?》
《市民団は、徳原エナジルがリストラした社員を、不当解雇だと訴えて裁判を起こすつもりでした》
《エナジルが行ったのは、希望退職だったはずだ。堀田だってそのくらい知っていると思うが》
《自分の意思で退職した人がほとんどですが、なかには強引に希望させられた人もいるようです。ただ、強引さを証明する手だてがなくて、市民団は証言を集めようとしていました》
《強制的に希望退職させた証拠がいるというわけか》
《はい。堀田さんは当事者からヒアリングして、証拠となる記録を作る役割ですが、本人の発言にも曖昧なところがあるそうです》
《そんなことじゃ、裁判にもならないだろう》
《ええ。市民団の牧野という団長は、この件で不当解雇の裁判を起こすのは難しいと判断しているようです。しかし、組織のなかに徳原建設の談合事件を追及していた幹部がいて、彼らは建設の代わりにエナジルを懲らしめようとしています》
《談合で、徳原建設を告発できなかったからか?》
《はい。率先して「脱・談合宣言」したことがマスコミでも話題になりました。徳原建設は、かえって株を上げたようなところがあります。市民団の幹部には、自分たちが徳原を追い詰めたのに、だれにも評価されなかったことを、不満に思っている人たちがいるようです》
《「名前のない市民団」の名前を売る絶好の機会を失ったってわけか》
《そうみたいです。市民団の目的は、営利ではありません。元々は、公正な市民社会を実現することを目的とした、無名の人たちの集まりだったようです。けれど、利益を求めない分、名誉を欲しがる人が出てきたそうです》
《究極の利他精神なんて、動物には無理なんだよ。しょせん俺たちは、生きるために生きてるだけなんだ。人間だって同じさ》
《生きるために、生きてるだけ…、ですか。なんだか難しいですね》
《考えすぎないことさ》
コタローはしばらく黙って歩いたが、遠くにいるキトの匂いを嗅ぎとったようで、早稲田通りを超えると急に元気になって走りだした。どうやらもう、俺の道案内はいらないようだ。


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2012年11月21日水曜日

俺の名は勘九郎(98)


《何か気になることでもあるのかい?》
《勘九郎さんの感知力ってすごいんですね。ぼくは今、なるべく不安な気持ちが出ないように気をつけて、念を送ったつもりだったのですけど》
《感情のコントロールは難しいのさ。俺だって、不安や怒りを殺しながらしゃべるのは大変だよ》
《毅然と生きるには、心の制御が大切なのでしょうね。堀田さんは強い人ですが、思ったことがそのまま行動に表れてしまう人です》
《そんなタイプだな。俺も何度か、堀田が激昂するのを見たよ。堀田は、ホームレスを支援するNPOの設立に邁進している頃だと思っていたのだが》
《はい、それもやってますけど、ある人に復讐しようとしています。サラリーマン時代の恨みを晴らすそうです》
《上野のことだな。堀田がいた会社の親会社の社長さ。どうやって復讐してやろうというんだい?》
《市民団体の力を利用しようとしているみたいです》
《市民団体?》
《表向きは、消費者を守る市民運動家が集まるNPO法人として活動してますが、実態はかなり過激な組織のようです》
《ミイラ取りがミイラにならなきゃいいがな》
《えっ?》
《団体の力を利用しようとしている堀田が、その団体に染まってしまわなきゃいいってことさ》
《ああ…。その危険はあると思います。堀田さん自身、その団体と関わりあうのは、復讐が済んだら終わりにするつもりみたですけど》


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