2010年7月19日月曜日

俺の名は勘九郎(38)

「アポイントもなしにやってきて、いきなり嘆願かよ」
「失礼しました。この一ヶ月間、入札にも呼んでもらえず、仕事はどんどん減っていくばかりです。ウィンディーサニーが売れなければ、我が社は消滅してしまいます。どうか昔と同じように売らせて下さい。お客様にはきちんと私から説明します」
「どう説明するんだよ。予算を抜いてくるのは親会社の社長で、私は何にも知りません、とでも言うのかい」
「それは、うまく説明します。ただ、これまで通り、利益率の設定については私に任せて下さい。心をこめて伝えれば、なんとか分かってもらえると思うのです」
「甘いな。一度落ちたブランドは、そう簡単に再構築できるもんじゃないんだよ」
「落としたのは、あなたじゃないですか!」
「マジメに薄利で売ってます、なんていうのはブランドでもなんでもない。ただの安売りだよ。ウィンディーサニーは今だって、オンリーワンの商品だ。どうしてもっと売るための方法を考えないんだよ」
「そのためには、以前のような価格戦略が必要なんです」
「たった5%の利益で売るのが価格戦略かよ。もう少し頭を使えよ。太陽と風の力で明かりをつくるエコ商品なんだから、補助金を使う手だってあるだろう」
「ハイブリッド型の街路灯に国からの補助金が出されることはありますが、それは、太陽光や風力を利用するすべてのエコタイプに対してです。ウィンディーサニーだけが特別扱いされるわけではありません」
「特別な街路灯なんだろ。だったら、特別な手当をもらったっていいじゃねえか」
「そんな都合のいいこと、できるはずがありません」
「無理だろうな。お前の発想じゃ。役人なんてえのはな、理屈が立てばいくらだって金を出すんだよ。その理屈を説明する場所は、昼間のお役所じゃねえんだ。少しは考えろ」
上野は浅野に、三日以内に考えてこい、と宿題をだして、浅野を追い払いました。


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2010年7月11日日曜日

俺の名は勘九郎(37)

S市のプロジェクトと同じようなことが、3度続きました。いずれも、市の予算をつかんでいたのは、上野です。
浅野ソーラーは、徳原グループ入りして、汚い会社になった。自治体の都市計画課や公園管理課に、この噂はすぐ広まりました。
ウィンディーサニーは、付加価値の高い製品ですから、太陽光や風力を利用する一般のハイブリッド型街路灯より当然コストも高くなります。それでも、毎晩一定の明るさを確保してきた実績が評価され、人気を得た商品でした。しかし、徳原グループ入りして半年もすると、ウィンディーサニーでしか対応できない仕様書を作ってくれる自治体はなくなりました。
どこのメーカーでも作れる街路灯と値段の競争をしてもウィンディーサニーに勝ち目はありません。新工場の建設が始まったとたんに、浅野ソーラーは主力商品のウィンディーサニーを失ってしまったようなものでした。
黄色く色づいたばかりのイチョウの葉を、いっぺんに落としてしまうような強い風が吹いた日のことでした。珍しく朝から社長室にこもっていた浅野は、机の左奥にある電話に手を伸ばすと、少しためらいながらも上野に直通の内線番号を押しました。浅野は上野の秘書の米田に電話して、なんどもアポイントをとろうとしましたが、上野は米田に、浅野からの電話はとりつぐなと指示していたようでした。上野が電話にでると、浅野は名前を名乗り「これから上がります」とだけ言って、返事も聞かずに電話を切りました。浅野ソーラーがあるのは徳原ビルの5階でしたが、浅野は中央のエレベーターを使わず、非常階段を1段飛ばしでのぼり、徳原エナジルのある8階まで駆け上がりました。首からぶら下げていた社員証を認証機にかざすと、重い扉を引き、上野がいるはずの社長室へ足早に進んだのです。社長室の扉は開いていて、浅野は入るなり、上野に懇願しました。
「ウィンディーサニーを以前のように売らせて下さい。全国の自治体をお詫びして回ってきます」


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2010年7月3日土曜日

俺の名は勘九郎(36)

浅野ソーラーでしか対応できない発注仕様書を作って、それが予定価格のほぼ上限で落札されたのですから、だれかが浅野ソーラーに便宜を図っていると思われても仕方ありません。その嫌疑を最初にかけられるのは、当然、市の開発担当者です。
「浅野ソーラーはそんな会社だったのですか!あなたを信用して、ウィンディーサニーでしか対応できない発注仕様書を作ったんですよ」
市の開発担当者に呼び出された浅野は、申し訳ございません、と言ったきり黙ってしまいました。
「だいたい、どうやってうちの予算を盗んだんですか?」
「盗んだなんてそんな」
「だって、そうでしょう。私は上司以外、誰にも予算の話をしていない。その上司に詰問されたのです。7億円くらいなら仕方ないと思ってたんですよ。それくらいの金額なら、後ろ指をさされることだってなかったんだ。それを9千万円も超えたら、予定価格に収まらないと思うはずでしょう。ギリギリのところを狙ってくるなんて、誰かがあなたに数字を教えたはずだ。一体だれなんです。私が疑われているのですよ」
「本当に、申し訳御座いません。予定価格のことなど、私は気にしたことがありませんでした。適切な利益を頂ければそれでいいと考えてきました」
「だったら、どうしてこんなことになるのですか!」
「それは……」
「もういい。帰って下さい。今回の仕事は契約しますけど、二度とお付き合いはないと思って下さい。」


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