2010年8月28日土曜日

俺の名は勘九郎(41)

田中は少し震えた声で、その点についてですが、と言って話を始めました。
「ウィンディーサニーの他に、村上製作所の『ひまわり君』と鳥海ウィンドパワーの『ウォッチングバード』も補助金の対象にしてもらうというのはどうでしょうか? ひまわり君は太陽光、ウォッチンングバードは風力だけを補助電源に使っていますが、自然エネルギーの利用効率としては、ウィンディーサニーに匹敵する力のある商品です。高効率のエコタイプ街路灯として補助金がつくのではないでしょうか」
覚えてきた言葉を一息にそらんじるような田中のしゃべり方でしたが、上野は興味をそそられたような顔をして、
「その3社で入札すれば、勝てるのか?」
と、田中と浅野を交互に見やりながら聞きました。
「コストだけの競争なら、うちが一番厳しいです」
そこで一瞬言葉を切った田中でしたが、上野に目で促され続けました。
「しかし、3社でうまく調整する方法もあると思います」
「我々に、談合しろと言うのですか!」
大きな声を出したのは蔵島でした。大学院卒で自分より年齢が一つ上の田中に対して、丁寧なものいいを忘れたことがなかった蔵島でしたが、そのときは珍しく激しい口調でした。
「綱川社長の脱談合宣言はどうなるのですか!徳原グループの経営方針に逆らうことになるんですよ!そんなことが世の中に知れたら、徳原グループにとっても大きな損失になります。そもそも浅野ソーラーはそんなことをする会社じゃありません!」
蔵島に言われて田中は目を伏せましたが、上野が蔵島を制止して田中に続きを言わせようとしました。
「社長と同じで青臭いヤツだな、君も。田中は談合するなんてひと言も言ってないじゃないか。田中には何か考えがあるんだろう」
「ひまわり君とウォッチングバードと、うちのウィンディーサニーでは商品特性がそれぞれに違います。立地条件や仕様書を見れば、お客さんがどのタイプを求めているのか、ほとんどのケースで分かります。3社だけの競争ならば、自然と住み分けが出来ると思うのですが」


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2010年8月11日水曜日

俺の名は勘九郎(40)

三日以内に考えてこいと命じた上野でしたが、突然浅野を呼び出したのは、翌日のことでした。
田中の他に副社長の蔵島もいたので、上野は「呼んでないやつがきているな」と、小さな声で言いました。
「今ちょうど、この件について打合せしていたものですから、3人で参りました」
浅野が言うと、上野は一瞬不快な表情をつくりましたが、座れという風に目で促しました。
広い社長室の奥にある、黒いスウェードのソファーの長椅子に浅野と蔵島が腰かけ、浅野の向かいに上野は座りました。上野の隣の一人掛けの椅子に座った田中でしたが、浅野と蔵島に対して上座になってしまうようで、テーブルの脇にある背もたれのない予備の椅子に移動しました。
「時間がないんだ。一晩あれば考えられただろ!」
左の腕に目をやった上野は、実際に時計を見たわけではありませんでした。
「老朽化した街路灯のありかを調べて、省エネタイプのものに交換するよう自治体に働きかけてみたいと思います。その時に、ウィンディーサニーの性能と明るさ保証の実績を強調して説明します」
「そんなことは、とっくにやっていることじゃないのか」
「もちろん、各自治体に対して個別に訴えてはきました。しかし、これからはキャンペーンを貼って、大いに宣伝します。エコを全面的に強調して、マスコミに取り上げてもらえるような作戦も考えます」
「それが補助金につながるのか」
「国交省に対しても働きかけてみたいと思います。徳原建設にいるOBの方を紹介してもらえませんか。その方を通じて、国交省のしかるべき人にアプローチしたいと思います」
「分かった。ウィンディーサニーだけに補助金がつくよう、うまく交渉しろよ」
「それは難しいと思います。特定の商品にだけ、補助金が出ることはないんじゃないでしょうか」
上野は不満そうでしたが、横にいた田中にちらりと目をやりました。


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2010年8月1日日曜日

俺の名は勘九郎(39)

5階のオフィスに戻った浅野は、副社長の蔵島と専務の田中を呼んで対策を練ろうとしましたが、営業に出ていた蔵島が会社に戻るのは夕方の予定でした。
5時ちょうどに蔵島が戻ってくると、浅野は早速、蔵島と田中を呼んで社長室に入りました。二つ並んだ茶色のソファーの一つに浅野が座り、普段はお客さんを座らせる奥の長椅子に蔵島と田中を促して、浅野は切りだしました。
「エナジルの上野社長のところに、今まで通りのやり方にさせてくれって、お願いに行ったんだけど、まったく相手にされなくてね。逆に宿題をもらってしまったよ。次に来るときは田中専務も呼べ、ってわれたんだけど、田中君、何か聞いてる?」
「いいえ、特になにも。上野さんは、大学の先輩でもあるので、気にかけてくれているのかもしれません」
「田中君は、竜ヶ崎大学の出身だったね」
「私は理系ですけど、上野さんは文学部心理学科の卒業だそうです。上野社長の前では言えませんけれど、うちみたいな二流大学から、徳原建設に入って、専務まで務めたんですから、よっぽど優秀だったのでしょうね」
「強烈な人だよ。誰がどこの大学を何年に卒業したかってことに異常なほど詳しいね」
「徳原建設って、みんな一流大学の人ばかりじゃないですか。コンプレックスもあったんじゃないでしょうか」
田中が上野の心情をおもんぱかるように言った。
「高卒の優秀な社員を抜擢して、徳原の人事制度を実力主義に変えたのが、専務時代の上野さんの功績だったようです」
「詳しいね、蔵島君。我々が卒業した大学は、だいぶ嫌われているみたいだけど」
浅野と蔵島は、私学の雄と言われる早明義塾大学の卒業でした。
「上野社長の早明嫌いは有名だそうです。ただ、それよりも大卒とか高卒にこだわることを徹底的に嫌っているようです」
「コンプレックスの裏返しみたいで怖いですね。私なんか、身の丈にあった生き方ができればいいと思いますけど」
そう言ったときの田中に、私は引っかかりを感じました。本心を隠しながら話しているように思えたのです。


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