2010年8月1日日曜日

俺の名は勘九郎(39)

5階のオフィスに戻った浅野は、副社長の蔵島と専務の田中を呼んで対策を練ろうとしましたが、営業に出ていた蔵島が会社に戻るのは夕方の予定でした。
5時ちょうどに蔵島が戻ってくると、浅野は早速、蔵島と田中を呼んで社長室に入りました。二つ並んだ茶色のソファーの一つに浅野が座り、普段はお客さんを座らせる奥の長椅子に蔵島と田中を促して、浅野は切りだしました。
「エナジルの上野社長のところに、今まで通りのやり方にさせてくれって、お願いに行ったんだけど、まったく相手にされなくてね。逆に宿題をもらってしまったよ。次に来るときは田中専務も呼べ、ってわれたんだけど、田中君、何か聞いてる?」
「いいえ、特になにも。上野さんは、大学の先輩でもあるので、気にかけてくれているのかもしれません」
「田中君は、竜ヶ崎大学の出身だったね」
「私は理系ですけど、上野さんは文学部心理学科の卒業だそうです。上野社長の前では言えませんけれど、うちみたいな二流大学から、徳原建設に入って、専務まで務めたんですから、よっぽど優秀だったのでしょうね」
「強烈な人だよ。誰がどこの大学を何年に卒業したかってことに異常なほど詳しいね」
「徳原建設って、みんな一流大学の人ばかりじゃないですか。コンプレックスもあったんじゃないでしょうか」
田中が上野の心情をおもんぱかるように言った。
「高卒の優秀な社員を抜擢して、徳原の人事制度を実力主義に変えたのが、専務時代の上野さんの功績だったようです」
「詳しいね、蔵島君。我々が卒業した大学は、だいぶ嫌われているみたいだけど」
浅野と蔵島は、私学の雄と言われる早明義塾大学の卒業でした。
「上野社長の早明嫌いは有名だそうです。ただ、それよりも大卒とか高卒にこだわることを徹底的に嫌っているようです」
「コンプレックスの裏返しみたいで怖いですね。私なんか、身の丈にあった生き方ができればいいと思いますけど」
そう言ったときの田中に、私は引っかかりを感じました。本心を隠しながら話しているように思えたのです。


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