2011年5月31日火曜日

俺の名は勘九郎(64)

「私のブログでケンカしないで。だいたい、授業中はカキコしない約束でしょ」と千葉が書いたのは、その日の夜のことだ。スージーにはムリと、猪俣が書いたのが、11:03で、30分後には川田が「決めつけないでよ」とコメントしていた。千葉だけが、自宅に帰るまで、そのページにアクセスしなかったのだ。
それを見た猪俣は、ルール違反を承知で千葉の携帯に電話をかけた。3人で集まることを提案したが、千葉は承服しなかった。千葉の社内で、談合が問題になりだしたというのだ。




俺はハンの能力に舌を巻いた。山崎の机から蔵島のポケットに移りたったの3ヶ月で、ハンはあらゆる物質の潜在的な記憶を探っていた。そうやって浅野が死んだ後のことを丹念に調べた。
ハンは過去の出来事もよく覚えていて、F市のプロジェクトというやつに山崎が入れ込んでいた理由についてもよく知っていた。その仕事に関しては、ずいぶんと山崎が熱心なことを俺は不思議に思っていたのだが、ハンの話を聞いて納得した。
F市のプロジェクトが再始動する、と山崎が聞いたのは、猪俣による談合が始まってしばらく経ってからのことだ。山崎は久しぶりに奮い立つ気持ちになった。その仕事は、山崎の情報がきっかけとなって、浅野ソーラーが食い込んだ案件で、建設予定のリゾートランドから市街地エリアまで、130基もの街路灯が整備されるビッグプロジェクトだった。
プロジェクトの計画が最初に持ち上がったのは、山崎が入社して3年目になる春のことだった。


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2011年5月8日日曜日

俺の名は勘九郎(63)

F市が現場説明会を行ったのは9月10日のことで、朝夕に虫の音が聞こえ始めた頃だが、猛威をふるった夏の勢いが少しも衰えない夏の終わりのことだった。「現説」と呼ばれるその説明会に出席したのは山崎で、猪俣が入札仕様書に眼を通したのは翌日だった。
「うちの技術で対応できるのか?」
部長席の隣にある小さな会議テーブルの向かいに座る山崎に、猪俣が聞いた。
「問題ありません」
「技術に言って、すぐにコストをはじかせろ」
「昨日、頼みました。ですけど、やる意味あるのかって聞かれました」
談合で他社が取ることに決まっているのなら、技術部としては余計な手間をかけたくないのだ。
「黙ってやらせろ」
山崎は素直にうなずいた。談合の仕組みを知らない山崎は、浅野ソーラーが仕事をとる順番なのだと理解してほっとした。そのプロジェクトは山崎にとっても思い入れの深い仕事だったからだ。
猪俣はすぐにデスクトップのキーボードを叩き、ミカりん日記を開いた。最新投稿を見ると、タイトルには「自由行動」とあって、コメントには「次の日曜日は、自由行動にしよう!」と書かれていた。日曜日とは「入札」を示す隠語で、千葉は、その案件を談合の対象から外そうと提案しているのだ。しかし、そのすぐ下にスージーのコメントがあり「私は予定通りがいいな。それが友情じゃない?」と書かれていた。猪俣はコメントの時間が記録されてしまうことを少しためらったが、「私は、ミカリンに賛成。スージーにはムリだと思う」と書いた。すると今度は「勝手に決めつけないでよ」と、川田がすぐに書き込んだ。


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2011年5月3日火曜日

俺の名は勘九郎(62)

「談合していることは社内でも極秘にしておけ」
「無駄ですよ。技術部がつくったコストを無視して入札することだってあるんですから。100万で作れるものを200万円で入札したら、仕事は取れません。そんなことが続けば、誰でも談合していると思うでしょう」
「解説されなくても分かっとる。田中は俺が抑えてやるから、あとのヤツには四の五の言わせるな」
「出来るだけやってみます」
猪俣はそう答えたが、やがて談合は公然の秘密になっていった。
初めのうち、談合のシステムは村上製作所の千葉が描いたとおりに進行した。浅野、村上、鳥海の順で一巡目を受注したあとは、累計受注金額の一番少ない会社が次の受注者となるルールで、議論の必要はなかった。ところが7回目となる入札の仕様書を読んだとき、猪俣は首をひねってしまった。山梨県のF市が用意した発注仕様書は、開発要素の多い内容で、標準品のどのタイプにも該当しないものだった。また、合計130基の街灯を一度に整備する大規模プロジェクトで、どの会社にとっても魅力的な案件だった。談合の順番から言えば、それは鳥海ウィンドパワーが受注するはずなのだが、鳥海の技術力では対応が難しいだろうと猪俣は思った。


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