2011年5月8日日曜日

俺の名は勘九郎(63)

F市が現場説明会を行ったのは9月10日のことで、朝夕に虫の音が聞こえ始めた頃だが、猛威をふるった夏の勢いが少しも衰えない夏の終わりのことだった。「現説」と呼ばれるその説明会に出席したのは山崎で、猪俣が入札仕様書に眼を通したのは翌日だった。
「うちの技術で対応できるのか?」
部長席の隣にある小さな会議テーブルの向かいに座る山崎に、猪俣が聞いた。
「問題ありません」
「技術に言って、すぐにコストをはじかせろ」
「昨日、頼みました。ですけど、やる意味あるのかって聞かれました」
談合で他社が取ることに決まっているのなら、技術部としては余計な手間をかけたくないのだ。
「黙ってやらせろ」
山崎は素直にうなずいた。談合の仕組みを知らない山崎は、浅野ソーラーが仕事をとる順番なのだと理解してほっとした。そのプロジェクトは山崎にとっても思い入れの深い仕事だったからだ。
猪俣はすぐにデスクトップのキーボードを叩き、ミカりん日記を開いた。最新投稿を見ると、タイトルには「自由行動」とあって、コメントには「次の日曜日は、自由行動にしよう!」と書かれていた。日曜日とは「入札」を示す隠語で、千葉は、その案件を談合の対象から外そうと提案しているのだ。しかし、そのすぐ下にスージーのコメントがあり「私は予定通りがいいな。それが友情じゃない?」と書かれていた。猪俣はコメントの時間が記録されてしまうことを少しためらったが、「私は、ミカリンに賛成。スージーにはムリだと思う」と書いた。すると今度は「勝手に決めつけないでよ」と、川田がすぐに書き込んだ。


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