2013年1月5日土曜日

俺の名は勘九郎(101)


《キトさん、僕、いろんな動物と会話できるようになりましたよ。人間の言葉だって、嘘とホントの区別がつくようになりました。頭の中で考えていることも、ほとんど分かります。まだまだキトさんのようには出来ませんけど、独りになってから一生懸命、頑張りました》
《そう。よかったわね》
《2歳の小僧にしちゃあ、たいしたものだぜ。》
キトがそっけないので、俺はフォローしてやった
《犬の1年は、人間の7年に相当するんだったかしら。コタローも14歳なら、自立できる歳じゃない。あたしがそばにいない方がよかったのよ》
《だからって、突然いなくなることないじゃないですか!》
コタローはいくぶん非難めいた調子で言った。
《あんたに声をかけたら、着いてきちゃうと思ったのさ。あの人はネコ好きだけど、犬はダメだったからね》
《あの人って、ピンクのスーツケースを引きずるように歩いていたあの女の人ですか》
《そうよ。あたしはどうしても、あの人に着いていかなきゃいけなかったの?》
《その女というのは雪乃のことかい?》
《そう》
《どうして、その女の人に着いていく必要があったのですか?》
《あたしたちの能力を高めるためには、ある特定の人間が必要なの》
《ある特定の人間?》
キトの意味するところが分からず、俺は聞き返した。


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2012年12月16日日曜日

俺の名は勘九郎(100)


誰かが降りたばかりなのだろう。公園のブランコが、小さく揺れていた。ブランコの後ろにある古びた木製のベンチの上で、キトは丸くなって眠っていた。山崎の家からすぐの場所にあり、南中する前の日光を浴びながら居眠りするのが、キトの午前の日課だった。キトを連れて山崎の部屋にやってきた雪乃は、山崎と一緒に朝食をとることもあったし、山崎が出かける時間になってもベッドから出てこないこともあった。
猫の視線はセックスの邪魔にはならないらしく、山崎と雪乃は3日に一度は体を重ね合わせていた。170cmの山崎より少しだけ上背のある雪乃は、ひょろりと痩せていたが、胸と尻の辺りだけは肉づきのいい女だった。整った目鼻立ちを見るにつけ、顎の骨があと1センチ短ければ、2流のテレビタレントくらいにはなれるだろうと俺はいつも思うのだが、山崎は、彼女の容姿に十分満足していたようだ。雪乃はシフト制のアルバイトをしていると言っていたが、勤務時間はかなり不規則だった。一度俺はキトに、雪乃がどんな女なのか聞いてみたが、キトは、答えたくないようだった。
《キトさん、キトさん、キトさーん!》
ベンチに着く前から、コタローは、3度もキトの名を叫んだ。コタローがその日公園を訪れることは知らせてあったので、キトは別段驚いた風もなかった。薄くまぶたを持ち上げてコタローの姿を認めると、危うくまた眠り込みそうになった。
《それはないぜ、キト》
俺が言うと、キトは少し面倒くさそうに、久しぶりね、とコタローの方を見て、念を送った。


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2012年12月1日土曜日

俺の名は勘九郎(99)


《団体の名前は?》
《「名前のない市民団」》
《名前のない市民団…か。薄気味の悪い名前だな。それとも正義の味方は、問われても名乗らないのかな》
《市民団の人たちは、自分たちの活動を正義の執行だと思っているようです。堀田さんも、彼らの主義や主張が正論であることは分かっているのですが、初めは強い違和感を持っていました。けれど、最近は「違う」という感覚が薄れ始めています。ぼくの不安は、それと反比例するように強くなってきました》
《正義の執行者…。ますますもって近づきたくないタイプだね。その団体と堀田は、どう関係しているんだい?》
《市民団は、徳原エナジルがリストラした社員を、不当解雇だと訴えて裁判を起こすつもりでした》
《エナジルが行ったのは、希望退職だったはずだ。堀田だってそのくらい知っていると思うが》
《自分の意思で退職した人がほとんどですが、なかには強引に希望させられた人もいるようです。ただ、強引さを証明する手だてがなくて、市民団は証言を集めようとしていました》
《強制的に希望退職させた証拠がいるというわけか》
《はい。堀田さんは当事者からヒアリングして、証拠となる記録を作る役割ですが、本人の発言にも曖昧なところがあるそうです》
《そんなことじゃ、裁判にもならないだろう》
《ええ。市民団の牧野という団長は、この件で不当解雇の裁判を起こすのは難しいと判断しているようです。しかし、組織のなかに徳原建設の談合事件を追及していた幹部がいて、彼らは建設の代わりにエナジルを懲らしめようとしています》
《談合で、徳原建設を告発できなかったからか?》
《はい。率先して「脱・談合宣言」したことがマスコミでも話題になりました。徳原建設は、かえって株を上げたようなところがあります。市民団の幹部には、自分たちが徳原を追い詰めたのに、だれにも評価されなかったことを、不満に思っている人たちがいるようです》
《「名前のない市民団」の名前を売る絶好の機会を失ったってわけか》
《そうみたいです。市民団の目的は、営利ではありません。元々は、公正な市民社会を実現することを目的とした、無名の人たちの集まりだったようです。けれど、利益を求めない分、名誉を欲しがる人が出てきたそうです》
《究極の利他精神なんて、動物には無理なんだよ。しょせん俺たちは、生きるために生きてるだけなんだ。人間だって同じさ》
《生きるために、生きてるだけ…、ですか。なんだか難しいですね》
《考えすぎないことさ》
コタローはしばらく黙って歩いたが、遠くにいるキトの匂いを嗅ぎとったようで、早稲田通りを超えると急に元気になって走りだした。どうやらもう、俺の道案内はいらないようだ。


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2012年11月21日水曜日

俺の名は勘九郎(98)


《何か気になることでもあるのかい?》
《勘九郎さんの感知力ってすごいんですね。ぼくは今、なるべく不安な気持ちが出ないように気をつけて、念を送ったつもりだったのですけど》
《感情のコントロールは難しいのさ。俺だって、不安や怒りを殺しながらしゃべるのは大変だよ》
《毅然と生きるには、心の制御が大切なのでしょうね。堀田さんは強い人ですが、思ったことがそのまま行動に表れてしまう人です》
《そんなタイプだな。俺も何度か、堀田が激昂するのを見たよ。堀田は、ホームレスを支援するNPOの設立に邁進している頃だと思っていたのだが》
《はい、それもやってますけど、ある人に復讐しようとしています。サラリーマン時代の恨みを晴らすそうです》
《上野のことだな。堀田がいた会社の親会社の社長さ。どうやって復讐してやろうというんだい?》
《市民団体の力を利用しようとしているみたいです》
《市民団体?》
《表向きは、消費者を守る市民運動家が集まるNPO法人として活動してますが、実態はかなり過激な組織のようです》
《ミイラ取りがミイラにならなきゃいいがな》
《えっ?》
《団体の力を利用しようとしている堀田が、その団体に染まってしまわなきゃいいってことさ》
《ああ…。その危険はあると思います。堀田さん自身、その団体と関わりあうのは、復讐が済んだら終わりにするつもりみたですけど》


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2012年10月27日土曜日

俺の名は勘九郎(97)


《何か気になることでもあるのかい?》
《勘九郎さんの感知力ってすごいんですね。ぼくは今、なるべく不安な気持ちが出ないように気をつけて、念を送ったつもりだったのですけど》
《感情のコントロールは難しいのさ。俺だって、不安や怒りを殺しながらしゃべるのは大変だよ》
《毅然と生きるには、心の制御が大切なのでしょうね。堀田さんは強い人ですが、思ったことがそのまま行動に表れてしまう人です》
《そんなタイプだな。俺も何度か、堀田が激昂するのを見たよ。堀田は、ホームレスを支援するNPOの設立に邁進している頃だと思っていたのだが》
《はい、それもやってますけど、ある人に復讐しようとしています。サラリーマン時代の恨みを晴らすそうです》
《上野のことだな。堀田がいた会社の親会社の社長さ。どうやって復讐してやろうというんだい?》
《市民団体の力を利用しようとしているみたいです》
《市民団体?》
《表向きは、消費者を守る市民運動家が集まるNPO法人として活動してますが、実態はかなり過激な組織のようです》
《ミイラ取りがミイラにならなきゃいいがな》
《えっ?》
《団体の力を利用しようとしている堀田が、その団体に染まってしまわなきゃいいってことさ》
《ああ…。その危険はあると思います。堀田さん自身、その団体と関わりあうのは、復讐が済んだら終わりにするつもりみたですけど》
《団体の名前は?》
《「名前のない市民団」》
《名前のない市民団…か。薄気味の悪い名前だな。それとも正義の味方は、問われても名乗らないのかな》
《市民団の人たちは、自分たちの活動を正義の執行だと思っているようです。堀田さんも、彼らの主義や主張が正論であることは分かっているのですが、初めは強い違和感を持っていました。けれど、最近は「違う」という感覚が薄れ始めています。ぼくの不安は、それと反比例するように強くなってきました》
《正義の執行者…。ますますもって近づきたくないタイプだね。その団体と堀田は、どう関係しているんだい?》



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2012年10月12日金曜日

俺の名は勘九郎(96)

山崎と雪乃が同棲して八ヶ月になろうとしていた。雪乃というのは、キトと一緒にこの部屋にやってきて、俺を見るなり「なにこいつ」と言ったあの女だ。コタローの話によると、雪乃がその公園にやってきたのは、堀田とコタローが一緒に住むようになる直前だと言う。それはちょうど、雪乃が山崎の前に現れたころでもあった。
雪乃はある日、宮下公園にやってきて、地べたに置いた薄汚れのスーツケースから箱入りのチョコレート菓子を取り出し、キトに食べさせたそうだ。食べても安心だとキトに言われてコタローもそれを口にした。雪乃がキトの頭をなでた瞬間、コタローには、キトの体に電気が走ったように見えた。その後のキトは普通にしゃべっていたのだが、翌日から姿を消してしまった。
何日待っても、キトは現れなかった。自分が何かして嫌われたのだろうかと不安にもなったが、コタローに思い当たる節はなかったそうだ。

《堀田は、まだあの公園に住み続けるつもりなのかい?》
コタローの上空数メートルのところから、俺は念を送った。明治通りを左にそれた小路を北に進み、コタローは山崎のマンションがある中野を目指して、歩いていた。
《公園からホームレスを追い出す前に、社会のセーフティーネットを整備しろって、区に働きかけているようです》
《堀田は、昨日が別れの日だった事を意識していたのかい?》
《ええ。ぼくにここを出るように言ったのは堀田さんでしたから。今朝出かけるときにお別れをしました》
《そうか。つらかったようだな》
《はい。たくさん泣きました。人間にもいい人はいるのですね。激情家ですが、真っすぐな人でした》
《通じ合っていたんだな》
《そうですね。ぼくは初め、人間の言葉だけを理解きたのですが、堀田さんの考えていることは心のなかまで分かるようになりました。いろんな人や動物の考えを読めるようになったのはそれからです》
《堀田が昼間、スーツで出かけるのは、区の役人と直談判するためかい?》
《それもあるみたいですが、昼間は別なことをしている日のほうが多いです。》
コタローの意識に曇がかかったように感じたので、おれはスピードを落とし、コタローがゆっくりと歩けるように飛んだ。



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2012年9月29日土曜日

俺の名は勘九郎(95)

《えっ!勘九郎さんは、堀田さんを知っているのですか?》
コタローも声にだして答えた。
《堀田は、俺の同居人と同じ会社にいたんだ。しばらく前に堀田は辞めてしまったけどな。まさか本当にホームレスになっているとは》
《家はありませんけど、生活はちゃんとしてますよ。毎日決まった時間にスーツを着て出かけていきます。3日に一度は銭湯にも行ってるんですよ》
《毎日スーツを着てどこに行ってるんだい?》
《区役所や図書館や、その他にもいろんなところに行っています》
俺たちがそんなやりとりをしていると、堀田がコタローに話しかけてきた。
「カラスとケンカしても、コタローじゃ勝てねえぞ」
しかし、堀田はすぐに俺たちがケンカしている様子ではないことに気づいた。
何だか話をしているみたいだ、堀田はちらりとそんなことを思ったが「飯にするか」とコタローに言って、段ボール箱から取り出したジャージに着替え始めた。


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