2010年10月9日土曜日

俺の名は勘九郎(45)

黒塗りのハイヤーに乗せられた鶴巻は「東京に戻る上野がその車を使えばいい」と恐縮したが、「厚木の工場までは車なら1時間で行けますから」と言ってその場を辞去した。
「この車は、上野さんの専用車ですか?」
部下の一人とハイヤーに乗った鶴巻は、ドライバーに訪ねた。
「いいえ、この車は徳原建設のものです。私も、建設の社員ですけど、上野さんには昔から可愛がってもらいまして、エナジルが車を使うときには、だいたい私が指名されます」
「気さくで、気のきく方ですよね」
「ええ。私らみたいな学のないもんにも分け隔てなく接してくれる人です」
「優しい人なんだ」
「さあ、どうでしょう。大学を出たエリートさんたちには、ずいぶんと厳しいことも言うようです」
鶴巻たちが何気ない会話をしているうちに車は厚木工場に付きました。丹沢連峰の向うに隠れようとしていた太陽が、工場に並んだ発電パネルにオレンジ色の光を優しく投げかけていました。
管理棟のエントランスで一向を迎えた浅野は、挨拶もそこそこに、ディスプレイ用のパネルと街路灯が並んでいる場所に鶴巻たちを案内しました。
「だいぶ陽は陰ってしまいましたが、昼の間に電気を蓄えているので、御覧のように十分な明るさを保つことができます。今は風がほとんどありませんので、蓄電したエネルギーだけで照明していますが、風が吹くと自動的にバッテリーが制御され、風力による電気も活用するように切り替わります」
浅野はいつものように、澱みのない説明を行いました。
現場での見学と、プレゼンテーションルームでの質疑応答が終わると、あたりはとっぷりと暮れ、落ち葉が構内の道路を流れるのが見えたので、風が出てきたことが分かりました。
「今日は本当にどうもありがとう御座いました。上野社長にもよろしくお伝え下さい」
「この後は、なにかご予定がありますか。軽く食事でもと思っているのですが。上野も戻ってくるつもりでおります」
浅野は鶴巻たちを引きとめようとしました。


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