山崎は、いきあたりばったりで無計画な性格だったが、それだけにと言うべきか、突然訪れた状況に対して物怖じするタイプではなかった。しっかり準備して本番に臨むことが習慣になっていないため、大きなポカをすることもあったが、それは若者に共通の性質なのかもしれない。役員たちが集まる会議で、突然、プロジェクトの概要説明をすることになったときも、部屋に入った一瞬こそひるんだものの、すぐに平常の落ち着きを取り戻した。それは知らないことや出来ないことを取り繕おうとしない山崎の気質がそうさせているのだった。
もしそのとき、山崎の頭の中にプロジェクトの概要が入っていなければ、山崎は恥じることなく「忘れました」と言ったはずだ。忘れてしまったことや知らないという事実を、山崎はあっけらかんと白状してしまう。それで山崎を愚か者とみなす人間もいるが、相手に悟られないように注意して、知らないくせに相槌をうち、その場をやり過ごそうとする人間がどれだけ多いことだろう。俺の観察によれば、山崎のような潔さを持っている人間は少数派だ。
唐突に会議に呼び出された山崎は、資料も手帳も持たずにやってきたが、自分が力を入れて営業した案件だけあって、プロジェクトの概要や実現までの課題などは頭の中に入っていた。山崎はそれをよどみのない口調で説明した。
説明を聞いている途中で上野は一度、フンと鼻をならしたが、それから後は無表情だった。
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2011年8月13日土曜日
2011年8月7日日曜日
俺の名は勘九郎(70)
慌てて会議室を飛び出した田中は、廊下に出るとすぐに携帯を取り出して蔵島に電話した。しかし、携帯からは「電源が入っていないためかかりません」というアナウンスが返ってくるばかりだった。田中は垣内という名の秘書に電話して、蔵島がどこにいるかを調べさせると、宮崎へ向かっていて、今ごろ飛行機の中だろうということだった。
しかたがなく田中は「山崎がいたら、いそいで8階の大会議室に呼んでくれ」と垣内に頼んだ。垣内は慌てて山崎に声をかけ、山崎は徳原グループの全体会議だとも知らず、8階の会議室へ向かった。
ノックして会議室の扉を開けた山崎は、ずらりと並ぶ役員たちの顔を見て、一瞬たじろいだ。それが、徳原建設の役員やグループ会社の社長たちだとは知らなかったが、赤茶色のテーブルがコの字に型に並ぶ会議室で、神妙な顔をして座っているのが、お偉いさんたちだろうということは山崎にも想像がついた。後方のスクリーンに一番近い席で田中が手を振ったので、山崎は、スクリーンと正対して座る役員の方を見て一礼すると、田中の方へ歩きだした。
「こんな小僧を中に入れるな!」
田中と対角の位置に座っている上野が、一喝した。
「蔵島専務が出張中なので、Fプロジェクトに一番詳しい彼に説明してもらおうと思ったのですが…」
「外で聞いて、お前が報告すればいいんだ!」
上野には、自分の周りにはべるものを一定の役職者以上にすることで、カリスマ性を演出しようとするところがあった。
「まあまあ、上野さん。もうそこに来ているのですから、若い人に発表してもらうのも、たまにはいいでしょう」
トップの綱島がとりなしたので上野が黙ると、田中は山崎にプロジェクト概要を説明するように促した。
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しかたがなく田中は「山崎がいたら、いそいで8階の大会議室に呼んでくれ」と垣内に頼んだ。垣内は慌てて山崎に声をかけ、山崎は徳原グループの全体会議だとも知らず、8階の会議室へ向かった。
ノックして会議室の扉を開けた山崎は、ずらりと並ぶ役員たちの顔を見て、一瞬たじろいだ。それが、徳原建設の役員やグループ会社の社長たちだとは知らなかったが、赤茶色のテーブルがコの字に型に並ぶ会議室で、神妙な顔をして座っているのが、お偉いさんたちだろうということは山崎にも想像がついた。後方のスクリーンに一番近い席で田中が手を振ったので、山崎は、スクリーンと正対して座る役員の方を見て一礼すると、田中の方へ歩きだした。
「こんな小僧を中に入れるな!」
田中と対角の位置に座っている上野が、一喝した。
「蔵島専務が出張中なので、Fプロジェクトに一番詳しい彼に説明してもらおうと思ったのですが…」
「外で聞いて、お前が報告すればいいんだ!」
上野には、自分の周りにはべるものを一定の役職者以上にすることで、カリスマ性を演出しようとするところがあった。
「まあまあ、上野さん。もうそこに来ているのですから、若い人に発表してもらうのも、たまにはいいでしょう」
トップの綱島がとりなしたので上野が黙ると、田中は山崎にプロジェクト概要を説明するように促した。
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2011年7月31日日曜日
俺の名は勘九郎(69)
2008年になると景気は一気に悪化したが、不況こそチャンスだと考える企業があった。家具の販売で業績を伸ばしたその企業は、リゾートランドになる予定だった土地を藤吉不動産から安く買った。
複合映画施設を運営する会社を巻き込んで、リゾートプランは形を変えて動き始めた。F市はその計画に相乗りし、アクセスルートや市街地の整備を決めた。そうしてハイブリッド街路灯の計画も蘇ったわけだ。
営業部長になったばかりの猪俣は、F市のプロジェクトに、浅野ソーラーがどのように関与していたのかをまったく知らなかった。徳原グループの全体会議に田中と一緒に出席していた猪俣は、配布されたプリントに「F市のプロジェクトが再スタート」と書かれているのを見つけると「私が来る前の案件については社長からお話し下さい」と田中に言い、その件については説明する意思のないことを宣言した。徳原建設の道路建設部長が、F市が計画するアクセス道路の概要を説明し終えたとき、綱川が田中を見て聞いた。
「街路灯の方は、ハイブリッド型になりそうですか?」
徳原建設の綱川社長が、田中に尋ねると、田中は答えに窮してしまった。それを見ていた上野はイライラとして
「田中が分からないなら、猪俣が答えろ」
と命令した。
「その件については、蔵島さんから引き継ぎを受けていないので、私はなにも知りません」
猪俣は、自分の責任ではないと言わんばかりの弁明をした。田中は、次回の会議までに調べて参ります、といってその場を取り繕おうとしたが、上野は、会議が終わるまでに調べろ、と命令した。
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複合映画施設を運営する会社を巻き込んで、リゾートプランは形を変えて動き始めた。F市はその計画に相乗りし、アクセスルートや市街地の整備を決めた。そうしてハイブリッド街路灯の計画も蘇ったわけだ。
営業部長になったばかりの猪俣は、F市のプロジェクトに、浅野ソーラーがどのように関与していたのかをまったく知らなかった。徳原グループの全体会議に田中と一緒に出席していた猪俣は、配布されたプリントに「F市のプロジェクトが再スタート」と書かれているのを見つけると「私が来る前の案件については社長からお話し下さい」と田中に言い、その件については説明する意思のないことを宣言した。徳原建設の道路建設部長が、F市が計画するアクセス道路の概要を説明し終えたとき、綱川が田中を見て聞いた。
「街路灯の方は、ハイブリッド型になりそうですか?」
徳原建設の綱川社長が、田中に尋ねると、田中は答えに窮してしまった。それを見ていた上野はイライラとして
「田中が分からないなら、猪俣が答えろ」
と命令した。
「その件については、蔵島さんから引き継ぎを受けていないので、私はなにも知りません」
猪俣は、自分の責任ではないと言わんばかりの弁明をした。田中は、次回の会議までに調べて参ります、といってその場を取り繕おうとしたが、上野は、会議が終わるまでに調べろ、と命令した。
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2011年7月18日月曜日
俺の名は勘九郎(68)
開発の主体である藤吉不動産や地元の設計コンサルタント、そして建設会社や物流会社などを歩きまわって、山崎は計画の概要をつかんだ。ウィンディーサニーを売り込むべき設計コンサルタント会社の担当者とも親しくなり、一度に100基以上の街路灯を設置できそうな大型プロジェクトに山崎は食い込んだ。
計画が詳細検討の段階に入ると、営業部長だった蔵島も熱心に動き出し、技術部からはエース格の中堅社員が投入された。リゾートランド内を走るメインストリートや周遊道路の計画が固まり、街路灯の配置や機器の概要を決める段階で、山崎は「ウィンディーサニー」と読める内容を、仕様書の原型となる資料に盛り込むことができた。
プロジェクトの概要が地元の住民に説明されたとき、アクセスルートの予定地になっている雑木林には大鷹の巣があるはずだという指摘があった。藤吉不動産の用地買収係は、土地の取得に関する交渉はまとまっているから問題ないと主張したが、自然保護団体の反発を恐れた市の責任者は、鷹の巣が見つかったら、周遊道路のルートを再検討すると約束した。
やがて大鷹の営巣が確認され、別のルート探しが始まったのだが、そうこうするうちに、景気後退がささやかれ始めた。「いざなぎ景気を超える戦後最長の好景気」と発表されていた景気は「格差景気」とも呼ばれ、浮かれた気分のまったくない好況はいつの間にか幕を閉じていた。勝ち組だった藤吉不動産の社内でも、不況に向かう時期のリゾート開発は中止すべきだという声が強くなり、結局、リゾートランドプランは、いったん凍結されることになってしまった。
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計画が詳細検討の段階に入ると、営業部長だった蔵島も熱心に動き出し、技術部からはエース格の中堅社員が投入された。リゾートランド内を走るメインストリートや周遊道路の計画が固まり、街路灯の配置や機器の概要を決める段階で、山崎は「ウィンディーサニー」と読める内容を、仕様書の原型となる資料に盛り込むことができた。
プロジェクトの概要が地元の住民に説明されたとき、アクセスルートの予定地になっている雑木林には大鷹の巣があるはずだという指摘があった。藤吉不動産の用地買収係は、土地の取得に関する交渉はまとまっているから問題ないと主張したが、自然保護団体の反発を恐れた市の責任者は、鷹の巣が見つかったら、周遊道路のルートを再検討すると約束した。
やがて大鷹の営巣が確認され、別のルート探しが始まったのだが、そうこうするうちに、景気後退がささやかれ始めた。「いざなぎ景気を超える戦後最長の好景気」と発表されていた景気は「格差景気」とも呼ばれ、浮かれた気分のまったくない好況はいつの間にか幕を閉じていた。勝ち組だった藤吉不動産の社内でも、不況に向かう時期のリゾート開発は中止すべきだという声が強くなり、結局、リゾートランドプランは、いったん凍結されることになってしまった。
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2011年7月3日日曜日
俺の名は勘九郎(67)
市役所の会議室に二人きりだったので、つい気安くなりがちだったが、それでも蔵島や部内の先輩としゃべるときよりはいくぶん気を使いながら、山崎は話した。
「はあ・・・?」
いきなり何を言い出すのかという顔の神田に、山崎はシャワールームのカーテンが尻にペタリと張り付く現象のことを説明した。
「ああ、それなら『ベルヌーイの定理』で説明できるんじゃないかな」
「エッ!もう誰かが発見しちゃってる法則なんですか?」
「スイスの人だったかな。シャワーを出すと空気の流れるスピードが変わるから、それが気圧に影響して起こる現象だと思うけど、気になるんだったら、調べてみなよ」
「そうだったんですか。世紀の大発見かと思ったのに。」
「江戸時代に生まれてたら、山崎さんの名前が物理の法則に付いてたかもしれないね」
「いや、ビジネスホテルがないと無理なんで、江戸時代じゃダメだったと思います」
「ハハハ、もっともだ」
「それより神田さん、さっき言ってたリゾートランドプランでしたっけ?それって観光地開発かなんかですか?」
「山崎さーん、営業マンなんだから、そこにすぐ食いつかないと」
「すいません。昨日の夜からずっと興奮してたもんで」
「しょうがないなあ。平成のベルヌーイに敬意を表して、教えてあげようか」
そう言って神田は、F市が計画しているリゾートランドプランのヒントを山崎に教えた。それはまだ具体化する前の段階だったが、山崎は初めて自分の手で掴みつつある都市開発の情報に、もう一度胸を震わせた。
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いきなり何を言い出すのかという顔の神田に、山崎はシャワールームのカーテンが尻にペタリと張り付く現象のことを説明した。
「ああ、それなら『ベルヌーイの定理』で説明できるんじゃないかな」
「エッ!もう誰かが発見しちゃってる法則なんですか?」
「スイスの人だったかな。シャワーを出すと空気の流れるスピードが変わるから、それが気圧に影響して起こる現象だと思うけど、気になるんだったら、調べてみなよ」
「そうだったんですか。世紀の大発見かと思ったのに。」
「江戸時代に生まれてたら、山崎さんの名前が物理の法則に付いてたかもしれないね」
「いや、ビジネスホテルがないと無理なんで、江戸時代じゃダメだったと思います」
「ハハハ、もっともだ」
「それより神田さん、さっき言ってたリゾートランドプランでしたっけ?それって観光地開発かなんかですか?」
「山崎さーん、営業マンなんだから、そこにすぐ食いつかないと」
「すいません。昨日の夜からずっと興奮してたもんで」
「しょうがないなあ。平成のベルヌーイに敬意を表して、教えてあげようか」
そう言って神田は、F市が計画しているリゾートランドプランのヒントを山崎に教えた。それはまだ具体化する前の段階だったが、山崎は初めて自分の手で掴みつつある都市開発の情報に、もう一度胸を震わせた。
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2011年6月22日水曜日
俺の名は勘九郎(66)
「ウィンディーサニーにシャワー機能を取りつければ、エアーダストが吸い寄せられて空気がきれいになります」
まったく売れそうにないと思った山崎は、商品化も他人に任せようと思いなおした。誰かの力を借りて、なんとか物理の法則を証明したい。それだけが偉大な人間として名を残せる道だと思い、一人でにんまりとした。
興奮の余韻があって、翌日の山崎は饒舌だった。補修費用の件を施設整備課の担当者に報告すると、前夜にチェックした「街路灯ニーズマップ」を見せて熱心に説明した。
「お金があれば、ウィンディーサニーをどんどん置きたいんだけどねえ。うちは貧乏な市だから」
坊主刈りに近い短髪の頭をなでながら、施設整備課の神田は山崎に答えた。大学院の土木科を卒業した神田は施設の維持管理をする担当者で、当時の山崎より六つ年上だった。駅前のメインストリートには、浅野ソーラーが納めた8台の街路灯がある。メンテナンス契約もあって、山崎は年に数回、F市に足を運んだ。神田とは二人で酒を飲み、2次会のスナックではコブクロを一緒に歌うこともある仲だった。業者と発注者ではなく、二人で飲むときは割り勘にする人間関係ができていた。
「ところで神田さん、昨日の夜、すごいことに気づいちゃったんですけど、ちょっと教えてもらっていいですか」
「なに?ひょっとしてリゾートランドプランの関係?」
山崎は、何のことだろうと一瞬思ったが、世紀の大発見について話さずにはいられなかった。
「新しい物理の法則を発見したんですよ。『落下中の物体には、他の物体を吸い寄せる力がある』っていう法則なんですけど、こういうのを証明するのって専門的な実験とか必要なんですよねえ」
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まったく売れそうにないと思った山崎は、商品化も他人に任せようと思いなおした。誰かの力を借りて、なんとか物理の法則を証明したい。それだけが偉大な人間として名を残せる道だと思い、一人でにんまりとした。
興奮の余韻があって、翌日の山崎は饒舌だった。補修費用の件を施設整備課の担当者に報告すると、前夜にチェックした「街路灯ニーズマップ」を見せて熱心に説明した。
「お金があれば、ウィンディーサニーをどんどん置きたいんだけどねえ。うちは貧乏な市だから」
坊主刈りに近い短髪の頭をなでながら、施設整備課の神田は山崎に答えた。大学院の土木科を卒業した神田は施設の維持管理をする担当者で、当時の山崎より六つ年上だった。駅前のメインストリートには、浅野ソーラーが納めた8台の街路灯がある。メンテナンス契約もあって、山崎は年に数回、F市に足を運んだ。神田とは二人で酒を飲み、2次会のスナックではコブクロを一緒に歌うこともある仲だった。業者と発注者ではなく、二人で飲むときは割り勘にする人間関係ができていた。
「ところで神田さん、昨日の夜、すごいことに気づいちゃったんですけど、ちょっと教えてもらっていいですか」
「なに?ひょっとしてリゾートランドプランの関係?」
山崎は、何のことだろうと一瞬思ったが、世紀の大発見について話さずにはいられなかった。
「新しい物理の法則を発見したんですよ。『落下中の物体には、他の物体を吸い寄せる力がある』っていう法則なんですけど、こういうのを証明するのって専門的な実験とか必要なんですよねえ」
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2011年6月12日日曜日
俺の名は勘九郎(65)
山梨県にあるF市の市街地から郊外のレジャー施設をつなぐ新しい道路ができることを真っ先に聞きつけたのが山崎で、それは当時の浅野ソーラーにとって、久しぶりの大型案件になるはずだった。
最初山崎は、新しい道路の話を聞くためにF市に出張したのではなかった。別な道路にあったウィンディーサニーがトラックとの接触により損傷したので、山崎は補修の費用を説明するために、F市へ出向いたのだ。市の担当者とのアポイントは、朝の11時だったが、山崎は前の晩、市に入り、夜のうちに街の灯りを調べて歩いた。人通りがあるわりに、明かりの少ない場所をチェックしては、用意していた地図にマークを書き込んだ。単独で出張する機会の少ない山崎だったが、上司がいなくても、生真面目に仕事をした。
ひと通り調査を終えると夜の10時を過ぎていて、ホテルのレストランが終了していることを心配した山崎は、コンビニで弁当とビールを1本買って、チェックインした。部屋に入りカバンを机に置くと、すぐに服を脱いだ。ビジネスホテルの狭いユニットバスでシャワーを勢いよく流すと、浴槽の内側に落としたビニールの薄いカーテンが、尻にピタっとくっついて、うっとうしいな、といつものように思った。うっとうしいと思うだけならいつもと変わりないのだが、そのときの山崎には「なぜ」という疑問があった。シャワーの水流が弱いとカーテンはレールから真下に垂れるのに、勢いよくお湯を出すとその薄いビニールは尻のあたりにへばりつく。何度繰り返しても同じ現象が起こった。
山崎は「万有引力」という言葉を思い出した。「落下中の物体は、それ自体が引力を持つ」山崎はそんな仮説を思いつき、風呂の中で興奮した。地面に落ちるリンゴを見てニュートンが万有引力の法則を発見したように、尻につくカーテンを見て、「落下物に生じる一時的な引力の法則」を発見したのかもしれない。山崎は、偉大な物理学者になったような気がして、どうすればその法則を証明できるだろうと考えた。弁当を平らげ、ビールを飲み干したとき、何を食ったのか分からないほど真剣だった。しかし、いくら考えても法学部出身の山崎には、証明の方法が分からなかった。しかたがないので、山崎はその法則を利用して実用品を発明しようと頭を切り替えた。
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最初山崎は、新しい道路の話を聞くためにF市に出張したのではなかった。別な道路にあったウィンディーサニーがトラックとの接触により損傷したので、山崎は補修の費用を説明するために、F市へ出向いたのだ。市の担当者とのアポイントは、朝の11時だったが、山崎は前の晩、市に入り、夜のうちに街の灯りを調べて歩いた。人通りがあるわりに、明かりの少ない場所をチェックしては、用意していた地図にマークを書き込んだ。単独で出張する機会の少ない山崎だったが、上司がいなくても、生真面目に仕事をした。
ひと通り調査を終えると夜の10時を過ぎていて、ホテルのレストランが終了していることを心配した山崎は、コンビニで弁当とビールを1本買って、チェックインした。部屋に入りカバンを机に置くと、すぐに服を脱いだ。ビジネスホテルの狭いユニットバスでシャワーを勢いよく流すと、浴槽の内側に落としたビニールの薄いカーテンが、尻にピタっとくっついて、うっとうしいな、といつものように思った。うっとうしいと思うだけならいつもと変わりないのだが、そのときの山崎には「なぜ」という疑問があった。シャワーの水流が弱いとカーテンはレールから真下に垂れるのに、勢いよくお湯を出すとその薄いビニールは尻のあたりにへばりつく。何度繰り返しても同じ現象が起こった。
山崎は「万有引力」という言葉を思い出した。「落下中の物体は、それ自体が引力を持つ」山崎はそんな仮説を思いつき、風呂の中で興奮した。地面に落ちるリンゴを見てニュートンが万有引力の法則を発見したように、尻につくカーテンを見て、「落下物に生じる一時的な引力の法則」を発見したのかもしれない。山崎は、偉大な物理学者になったような気がして、どうすればその法則を証明できるだろうと考えた。弁当を平らげ、ビールを飲み干したとき、何を食ったのか分からないほど真剣だった。しかし、いくら考えても法学部出身の山崎には、証明の方法が分からなかった。しかたがないので、山崎はその法則を利用して実用品を発明しようと頭を切り替えた。
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