2010年12月12日日曜日

俺の名は勘九郎(51)

ハンが蔵島の所へ行ってからも、俺は山崎の家の鳥かごをネグラにしていた。たまにくれる厚揚げはうまかったし、アホの山崎ウォッチングは、それなりの暇をつぶしになった。そして俺は、山崎と同じように、毎朝徳原ビルへ通うようになった。ビルの前の大通りには、高い欅の木が等間隔に並んでいて、そのうちの一本は、山崎たちのいる営業部を眺めるのにちょうどいい場所にあった。
俺だって一日中山崎ウォッチングをするほど暇じゃあない。毎日そこへ通うようになったのは、ハンと話をするためだ。浅野と同じように蔵島は、ハンを常に持ち歩くようになった。浅野が死んだ2月からのことを、胸のポケットからハンは詳しく調べた。人間の意思を拾うだけでなく、パソコンや机などがもつ記憶にさえ、ハンは働きかけた。相手に自意識がなくても、ハンは対象の物体から記憶を引き出すことができた。
浅野の後を継いで社長になったのは、副社長の蔵島ではなく、専務だった田中だ。蔵島は副社長のままだったが、5月になると、営業部長の任務も外され、新社長の田中を補佐しろと、上野から指示された。新しく営業部長になったのは、徳原建設からやってきた猪俣という男で、かつて上野の腹心と言われていた人物だ。小太りで猫背ぎみの猪俣は商業高校の出身で、上野の強い引きがなければ、学歴偏重の徳原建設にあって部長格にまで出世することはなかっただろうと言われていた。猪俣は、業界調整のプロフェッショナルで、猪俣が「取れます」と言った仕事は必ず受注できたし、「今回は取れません」と言えばその仕事はとれないのだった。上野は、猪俣の言葉を黙って聞くだけだったから、たとえ猪俣が逮捕されても、談合の存在をしらない、と言い張ることもできた。それは徳原建設の暗黙のルールであって、かつて上野が談合の調整役をしていたときも、上司に細かな報告などしたことがなかった。いや、してはいけなかったのだ。上司からは「取れるのか、取れないのか?」とだけ聞かれた。上野が「取れます」と答えれば、設計や購買は必死になって動いたし、「取れません」と言えば、その仕事は存在しないのと同じだった。上野が役員になり、談合の現場を離れたとき、後任に選ばれたのが猪俣だった。業界の仲間に猪俣を紹介して、「水曜会」という名のその会から去ることを上野が伝えると、他社のメンバーは「おめでとうございます」言って上野を送りだした。各社の利益を代表する調整役たちの結束は強く“仲間”が役員に昇格するのは慶事だったのだ。


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2010年11月28日日曜日

俺の名は勘九郎(50)

ハンと俺が話しをしていると、蔵島が山崎の方に向かって歩いてきた。ハンが先にそのことに気づいて、強力に自己の存在を主張し始めた。俺もあわてて蔵島に念を送った。
《気づいてくれ!》
俺たちが念じる前から、蔵島はハンのことが気になっていたようだ。
「それ、浅野さんが使ってた万年筆じゃない?」
「そうっすよ。お通夜のときに社長のお子さんから貰ったんです」
「女の子?」
「いえ、息子さんでした。『これは、会社の人に』って泣きながら言うんで預かってきました」
「悪いけど、ぼくが預かっていいかな。それ、浅野さんが会社をつくった日に買ったペンなんだ」
「いいっすよ。てゆうか、万年筆って使いずらいっすね」
椅子から立ち上がって、山崎は蔵島にハンを渡した。ようやく収まるべきところに収まったハンは、ふうーっ、と大きく息をした。
《やっと落ち着きました。でもこれがスタートです》
キャップのフックが陽光に反射してきらりと光り、それはまるでハンの目が鋭く輝いたかのようだった。
「社長はねえ、会社を興した日から、ずうっとこのペンを使っていたんだ。どんなに小さな仕事でも、契約書にサインするときは必ずこのペンだった。ワープロやゴム印を使わずにね。ぼくの名前で決裁した案件は、営業部長の印で済ませているけど、社長決裁の案件は、今だって必ず自分でサインしているよ」
「そんな大事なものだったんですか? 放りっぱなしにしてすみません」
「山ちゃんたちの世代にしたら、万年筆なんて面倒くさいだけのペンなんだろうね」
「正直、ボールペンの方が使いやすいです」
「インクの文字が涙でにじむ、なんて良さがあるんだけどなあ。時代かな。ぼくも最近はほとんど使ってなかったな」
「でも、雰囲気はありますよね。なんか想いが込められてそうっていうか」
「今日から、このペンを使わせてもらうよ。浅野ソーラーが昔の浅野ソーラーに戻る日まではね」
「戻る日?」
「うん、それが出来たらこのペンは、社長の奥さんに返そうと思うんだ」
どうやら、ハンの強い念が、蔵島の心に響いているようだった。


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2010年11月20日土曜日

俺の名は勘九郎(49)

俺が山崎と初めてあったのは、浅野が死んだ年の6月のことで、新橋にある会社まで山崎を追いかけたのは、ハンをなんとか蔵島のもとに帰してやりたいと思ったからだ。ハンと違って俺は自由に飛ぶことができるが、山崎のカバンからハンを取り出し、蔵島の前に落としてやるチャンスはありそうもなかった。
机の奥でほこりをかぶっていたハンを山崎が会社まで持って行ったのは、朝から蝉の鳴き声がうるさい夏の終わりのことだった。会社についた山崎は、鞄のポケットからハンを取り出すと、机の奥から裏紙をとって、「山崎浩介」と書いてみた。濃紺のインクでしたためられた文字は意外に達筆で、俺は多少感心もしたのだが、山崎は自分で書いた文字を眺めながら、ハンをくるりと指先で回転させた。ペンの先から飛んだインクが、青いワイシャツに小さないシミを作った。山崎は、ツェっと舌打ちしただけだが、俺はアっと叫んでしまった。ハンが指から落ちてペン先が潰れたら、ハンの万年筆としての機能は死んでしまう。山崎はそれまで、万年筆を使ったことがなかったのだ。ペン先を下に向けて山崎は何度かハンをノック式のシャーペンように振ってみたが、そのときはインクが漏れることはなかった。ペン先をよく見た山崎は、万年筆の構造を理解したのだが《使いづらいペンだなあ》と不満に思った。
手紙の一枚も書いてみれば、万年筆がつくる文字の趣が分かるのだが、と俺が思うと、
《今の若い人には無理かもしれませんね。メールの時代ですから》
とハンが念を送ってきた。
《ハンの仲間は、なかなか生まれてこないってわけかい?》
《ええ、もうずうっと減りっぱなしですよ。インクのカートリッジを替える必要があったり、たまにインク漏れしたりするのが嫌われるんでしょうね。もっとも、最近はインクを漏らしてしまうことなんてありませんよ。さっきみたいに、鉛筆のようにまわされることは想定外でしたけどね》
《壊されやしないかとドキドキしたよ》


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2010年11月7日日曜日

俺の名は勘九郎(48)

やがてウィンディーサニーを含めた太陽光や風力を利用するタイプの街路灯に補助金がつくことにはなったのですが、工場見学の一見以来、上野と浅野の関係は決定的なものになっていました。上野は浅野のやることにいちいち文句をつけ、ことあるごとに5階のフロアまで降りてきて、社員たちが見ている前で浅野を怒鳴りつけたのです。
「わざわざ、ここで言うことないのにね」
同情する女子社員の声が聞こえたとき、浅野はいっそう屈辱を感じました。
年が明け、正月休みが終わりに近づくと、浅野は憂うつ感が増してくるのを感じました。
そして出勤の朝、浅野はトイレに座ると、ズボンとパンツをおろした格好のまま動けなくなってしまいました。
《俺が、俺の作った会社に行きたくなくなってしまうなんて》
そう考えた浅野は絶望的な気持ちになりました。それでも何とか立ち上がり、水を流そうとして、ふと便器の中を覗いてみました。よく磨かれたパールホワイトの便器の中に、鉛筆よりも細い便が、とぐろを巻くこともできずに沈んでいました。ミミズのような赤黒い排泄物を見た浅野は、会社ではなく病院に行くことを決めたのです。
ストレスからくる胃潰瘍と軽いうつ症状と診断された浅野は、結局3週間も会社を休んでしまいました。入院中、不眠を訴えた浅野は医者から睡眠薬を処方されました。消灯時間の少し前に、毎晩一錠ずつ渡されるその薬を、浅野は一度も飲みませんでした。プラスチック製のメガネケースに浅野が睡眠薬を隠していることに、医師も看護師も気づきませんでした。私は、目の前を通過していくすべての人間たちに薬のことを訴え続けました。しかし、誰かが私の念を感じとることはありませんでした。
そうして、あの、月の冴えた2月の夜を迎えてしまったのです。


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2010年10月30日土曜日

俺の名は勘九郎(47)

「接待を受けることは固く禁止されている、と鶴巻さんが言うもので…」
「それでも帰さないのが、今日の仕事なんだよ。工場見学だけじゃ、何の意味もねえんだ!」
「すいません。あまり強引すぎるのも失礼だと思ったものですから…」
「くっそお。お前なんかに任せられないと思って、ずっと貼り付く予定にしてたんだよ。俺がいなけりゃ、やっぱりこのざまだ」
上野に罵声を浴びせられる度に、浅野はすいません、と口にしましたが、接待を無理強いする上野のやり方は時代に合っていないのだと、内心では思っていました。それを言えず、ただひたすら電話口で、すいませんとしか言えない自分がもどかしく、そして空しくなりました。この人とは一生合い入れることはないのだろう、携帯を耳から少し離して、浅野はそんなことを考えていました。
5階のフロアに上野が怒鳴りこんできたのは、翌朝のことでした。執務スペースにある机で仕事をしていた浅野の前に立つと
「接待を断ったのは、部下のなんとかって野郎で、鶴巻さんは行くつもりだったそうじゃねえか。あの後、鶴巻さんに電話したんだよ」
「お言葉ですが、あの状況で鶴巻さんだけが行くという判断はできなかったと思います」
「ふざけるな!てめえが、そこまで能なしだとよく分かった。それが分かったことが、唯一の収穫だな」
上野の言葉はフロア中に響き渡りました。陰で「天皇」と呼ばれるようになっていた上野のは、「お言葉ですが」と言われるのが一番嫌いだったのです。


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2010年10月21日木曜日

俺の名は勘九郎(46)

「業者さんたちと飲んじゃいけないことになってるんですよ。うるさい決まりが沢山ありましてね」
「こんな田舎まで来たら、うるさく言う人もいないでしょう。食事も用意させているので、是非お願いします」
「どうする?」
元来が酒好きの鶴巻が部下の方を見て言ったので、浅野は一瞬ほっとしました。
「私は会社に戻りますので、部長はどうぞ」
役所ではなく、「会社」と呼んだことを不思議に感じましたが、浅野はすぐに
「そう固いことをおっしゃらずに、どうかお付き合い下さい」
と言って、ふたりを帰らせまいとしました。
「いいえ、そういうわけには参りません」
「最近の若いのは、融通がきかないんですよ。まあ、我々の世代が少しルーズ過ぎたのかもしれませんな。また今度ということにしましょう」
鶴巻は申し訳なさそうでしたが、部下の方に向き直ると「俺は会社へは帰らないぞ」と言ってから、浅野に駅までの道順を聞きました。癇癪を起こす上野の顔を想像すると浅野は憂うつになりましたが、これ以上引きとめるのも失礼だろうと判断して、浅野は車を呼びました。
タクシーが工場の正門を出て右折するのを見届けると、浅野はすぐ上野の携帯に電話をかけました。
「バカヤロー。絶対に帰すなと言っただろ!」
上野の反応は予想通りでした。


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2010年10月9日土曜日

俺の名は勘九郎(45)

黒塗りのハイヤーに乗せられた鶴巻は「東京に戻る上野がその車を使えばいい」と恐縮したが、「厚木の工場までは車なら1時間で行けますから」と言ってその場を辞去した。
「この車は、上野さんの専用車ですか?」
部下の一人とハイヤーに乗った鶴巻は、ドライバーに訪ねた。
「いいえ、この車は徳原建設のものです。私も、建設の社員ですけど、上野さんには昔から可愛がってもらいまして、エナジルが車を使うときには、だいたい私が指名されます」
「気さくで、気のきく方ですよね」
「ええ。私らみたいな学のないもんにも分け隔てなく接してくれる人です」
「優しい人なんだ」
「さあ、どうでしょう。大学を出たエリートさんたちには、ずいぶんと厳しいことも言うようです」
鶴巻たちが何気ない会話をしているうちに車は厚木工場に付きました。丹沢連峰の向うに隠れようとしていた太陽が、工場に並んだ発電パネルにオレンジ色の光を優しく投げかけていました。
管理棟のエントランスで一向を迎えた浅野は、挨拶もそこそこに、ディスプレイ用のパネルと街路灯が並んでいる場所に鶴巻たちを案内しました。
「だいぶ陽は陰ってしまいましたが、昼の間に電気を蓄えているので、御覧のように十分な明るさを保つことができます。今は風がほとんどありませんので、蓄電したエネルギーだけで照明していますが、風が吹くと自動的にバッテリーが制御され、風力による電気も活用するように切り替わります」
浅野はいつものように、澱みのない説明を行いました。
現場での見学と、プレゼンテーションルームでの質疑応答が終わると、あたりはとっぷりと暮れ、落ち葉が構内の道路を流れるのが見えたので、風が出てきたことが分かりました。
「今日は本当にどうもありがとう御座いました。上野社長にもよろしくお伝え下さい」
「この後は、なにかご予定がありますか。軽く食事でもと思っているのですが。上野も戻ってくるつもりでおります」
浅野は鶴巻たちを引きとめようとしました。


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