2013年12月31日火曜日

俺の名は勘九郎(116)

十四

「刺されたら、刺し返すまでのこと」
封筒の中に入っていた紙には、それだけが書かれていた。
F市のプロジェクトが無事に完工して半年ほどが経ち、2009年の年の瀬を迎える頃のことだ。ハンに習ったおかげで、俺も文字を読めるようになっていたが、実際に俺がその手紙を見たわけじゃない。しかし山崎が見たものを間接的に感じ取ることで、どんな手紙だったのかが分かった。
新聞の活字を切り抜いて作ったバラバラの大きさの文字が、A4のコピー用紙に貼られていて、現物を見たハンは《ひと昔前の脅迫状のようでした》と俺に言った。
封筒に差し出し人の名前はなく、宛名には住所と浅野ソーラーの社名があり、真ん中に「営業部の皆さまへ」と小さくエンピツで書かれていた。定規を用いて書いたようなカクカクとした文字が規則的に並び、切手の消印で日本橋付近で投函されたこと分かった。
手紙を最初に開封したのが、山崎だった。ビルの1階にある郵便受けをチェックする当番だった山崎は、エレベーターの中で、営業部宛ての封筒と技術部や設計部宛てのものを仕分けした。営業部に宛てられた郵便物はその手紙だけで、山崎は不審に思いながら席につくと、封筒の端をハサミで切り、一枚の紙を取り出した。
「刺されたら刺し返すまでのこと」と貼りつけられた文字を見た山崎は、気味が悪いと思う前に憂うつになった。
「こんな手紙がきましたけど、村上か鳥海の誰かからじゃないですか?」
山崎は猪俣の机に歩み寄って、言った。猪俣は、ラップトップの画面からゆっくりと目を離し、怪訝な顔をして山崎から手紙を受け取った。
椅子に座ったまま山崎から手紙を受け取った猪俣は、キーボードの上に置いた紙に目を落とすと、右目の端を一瞬ゆがめたが「捨てておけ」と不機嫌に言って、手紙を持った左手を山崎に突き出した。ムッとした顔で席に戻ろうとする山崎の背中に「シュレッダーだぞ!」と猪俣は、鋭い声で付け足した。
「総務に届けるべきだと思いますけど」
山崎は猪俣の方に向き直って、はっきりとそう言った。
「山崎君、ちょっと来なさい」
猪俣はそう言って、席を立つと営業部の奥にある応接室に向かった。近くにいた営業マンや女性たちは、苛立ちを隠さずに歩く山崎を見て、その手紙が「リーニエンシー」に関するものなのだろうと感じ取った。


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2013年11月23日土曜日

俺の名は勘九郎(115)


事務室に戻ると、溶接の作業を終えた船越が、ちょうど上がってきたところだった。
「どうだった?」
「1本足りなくなりました」
山崎は無念を隠すことが出来なかった。
「まだ調べていない問屋って、どれくらいあるか知ってますか?」
「尾藤さんがやってたからなあ。どっかに書いてあると思うけど」
「尾藤さん、大丈夫ですかねえ?」
その時、船越の尻の辺りでニュース速報を知らせるときの様な音がした。ポケットから携帯を取り出し、画面を開いたい船越は
「あれ、尾藤さんからだよ。こんな時間に起きてんなっつうの」
と言って、本文を読みだした。
「2本、手配してあるってさ」
「えっ?」
「残りの問屋を調べて、2本だけ見つかったから、すぐに頼んだとさ」
そう言って、船越は返信を打ち始めた。
“ダメパイプは、全部で21本でした。静岡の方もケリがつきました。尾藤さんも安心してゆっくり休んで下さい。明日、会社に来ちゃ駄目ですよ”
メールを送り、携帯を閉じた船越は「命懸けでやんのはいいけど、ほんとに死んだら意味ねえって」とぽつりと言った。


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2013年11月2日土曜日

俺の名は勘九郎(114)

たった一人で作業する二晩目の夜になった。投光機が放つ白い光の奥に、銀色の満月が見えた。
「お月さまって、なんでいつもおんなじ顔してんの?」
緊張しているはずなのに、しばらく前に雪乃から聞いた言葉を、山崎は思い出していた。あのときの雪乃は「はあっ?」と聞き返した山崎に、質問の意味を説明した。
「お月さまって、満月のときも半月のときも、いっつもウサギがもちつきしてる方の顔しか見せないでしょ。どうして?」
「地球が室伏で、月がハンマーなんじゃん?」
「はあ?」
今度は、雪乃が聞き返した。
「室伏がぐるぐる回っても、常にハンマーの内側だけが見えるのと同じ原理なんじゃない?」
「そしたら、ブラジルの人は永遠に月を見れないわけ?」
適当に答えたつもりだったのに、真面目に突っ込まれてしまった。月の自転と公転が同じ周期だから、という理由をネットで調べたことがあったが、今ではもうその理屈を覚えてはいなかった。
そこで山崎は、雪乃に連絡していなかったことを思い出して、右太腿のポケットから携帯を取り出した。「今日も帰れそうにない」とメールすると、すぐに「了解」とだけ返信が来て、なんだか淡泊すぎるような気がした。
181番目のパイプは無事合格で、山崎は残り19本に異常がないことを願った。182番にも、その次にも異常はなかった。1本を調べるのに、再び10分以上かかるようになってしまったが、肉厚さえ足りていれば、朝までかかっても構わない、そう考えて山崎は慎重に計測した。緊張のせいか、ほとんど眠気を感じなかった。
198番のパイプを調べ終えたとき、日付が変わって金曜日になっていた。あと2本。その二つに問題がなければ、週末に鉄鋼問屋を探し回る必要はない。山崎は祈る様な気持ちだった。
最後の1本の最後の1箇所に当てたゲージを読み、山崎は7.98と記録用紙に書き入れた。逆さに持ち替えたボールペンのラバーグリップを親指でしごきながら、左手で支えたバインダーの先に見える地面を、ぼんやりと眺めていた。やがて両腕をだらりと下げると、首だけを真っすぐに上げ、夜の空を見上げた。ヘルメットが滑り、あご紐がのどに食い込んだが、山崎は口がぽかんとあいていることにも気づかず、頭上に輝く星を見つめた。30秒ほどそうした後、山崎は再び左手のバインダーを胸の前に持ち上げ、7.95と記された文字の上に黒い線を二つ引いた。それは、199番のパイプの肉厚を示す数値で、山崎は記録欄のわずかなスペースに7.94と書き直した。
「ダメなものは、ダメ」
尾藤がピシャリと言ったときの顔を山崎は思い出していた。尾藤なら最初から7.94と書いていただろう。山崎はそう考えると、自分のしたことを恥ずかしく思った。


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2013年10月26日土曜日

俺の名は勘九郎(113)

午後の検査も順調に進んだ。一本を調べるのにかかる時間も一定になり、同じことの繰り返しが続いた。船越の読みあげる数字を記録し、メジャーの端を押さえるだけの作業を単調に感じ、山崎は眠気さえ感じ始めた。「7.94」と読み上げたときの船越の声に、少し間があったことにも気づかず、山崎は数字を書き留めようとした。
「94ですか?」
7.9まで書いてから、山崎が聞き返すと、船越は黙ってうなずいた。
下限値を下回る肉厚が出てしまった。それは、127番のパイプで、まだ検査をしていないパイプが50本以上も残っていた。そこから続けて6本のパイプが不合格になり、139番と140番にも異常があった。
予備のパイプが、なくなってしまった。
船越はクレーンを操作して、141番から160番のパイプを検査台に並べた。141番から158番までは合格だった。調べ方が丹念になるとどうしてもスピードは落ちてくる。日の入りの時刻は、昨日よりもほんの少しだけ延びたはずだが、公園の向うにある民家の尖った屋根の三角に、オレンジ色の空が削られ始めると、辺りはあっと言う間に暗くなった。
150番の検査が終わる頃、作業するのに再び投光機が必要になった。最初に不良を発見したのが160番代だったので、山崎と船越は緊張しながら150番代のパイプを調べたが、問題のあるパイプは見つからなかった。
船越は最後の20本を検査台に並べ終え、
「腹減ったなあ、休憩!」
と大きな声を出した。そのとき、工場の建屋から白いヘルメットをかぶった男が飛び出してきて、構内道路を斜めに横切ってきた
「尾藤さんが倒れました!」
その男の顔も蒼白だった。山崎と船越が事務室に戻ると、尾藤はすでに病院に運ばれていた。溶接班や組み立て班の班長が集まっていたが、尾藤が仮眠室で寝ている姿をみたものはいないという。
「だから、言わんこっちゃねえんだよ」
船越が誰にともなく言った。社長が尾藤に付き添って病院に行ってしまったので、溶接班長の石井という男が、工場の指揮をとることになった。石井は、山崎の方を見てすまなそうに「このあと、船越には溶接をやらせます」と言った。
「山崎さんにも、もう帰ってもらわないといけないんですが…」
そう続けた石井を制して
「最後の20本、やらせて下さい」
と、山崎は訴えた。足元を見つめたまま体を戻そうとしない山崎に向かって、石井はさらに深く腰を折り「本当に申し訳御座いません」と謝って、山崎に検査を頼んだ。
山崎たちが夕食をとっている途中、病院にいるヨウザンの社長から石井に連絡が入った。尾藤のダウンは疲労と睡眠不足による一過性のもので、しばらく休めば心配ないようだった。


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2013年9月21日土曜日

俺の名は勘九郎(112)



前日からの雨はあがって、荷受けヤードに朝の光が差し込んでいた。ピラミッド型に積まれたパイプの上段から、オレンジ色の光がはね返った。疲れてはいたが、昨日より何倍も明るい気持ちで、山崎は検査台へと歩くことができた。
「船越さんが来てくれて、めちゃくちゃ気分が楽になりました」
「雨の夜に、一人でやるのは、かなりきついよな」
「正直、へこみました」
「これ以上、不良がでないといいな」
船越が手際よくゲージのメモリを読み、山崎は記録用紙に数値を書き込んだ。管の長さを測るときは、山崎が片側に立ってメジャーの端を押さえ、船越が反対側まで引っ張って歩く。一人の時の半分以下の時間で、一本を計測することができた。
太陽が頭上に来る前に、46本を計測することができた。不具合はひとつもなかった。通りを挟んで、5軒ほど先にある定食屋から、中華風の油の匂いが漂ってきて、山崎は空腹を感じた。向かいにある公園では、ぶらんこに乗った男の子の背中を、母親が「それっ」と言いながら押していた。真っすぐに伸ばした脚が地面と水平になるくらいまで上がると、小さな男の子は「もういい、もういい」と必死になって母親に訴えた。一瞬だがぼんやりとそれを眺めていた山崎は、別の世界がそこに広がっているような気がした。
「あと1本やったら、昼にしようぜ」
船越に言われて我に返った。
30分で弁当をすませ、早めに戻ろうとする山崎に尾藤が声をかけた。
「何本終わりました?」
「あと93本です。午前中のは、全部大丈夫でした。」
「夕方の5時までやったら、上がって下さいよ。山崎さんを二晩も泊めるわけにはいかないから」
「終わるまで、やらせて下さい。夜には終わります」
「下手すりゃ、帰れなくなりますよ。三日も同じパンツはけないでしょう」
言われて気づいた山崎は、船越の方も見ながら、
「コンビニで買ってきます!」
と言って、正門に向かって走りだした。尾藤が何も言わなかったので、山崎は最後までいていいものだと解釈した。


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2013年8月24日土曜日

俺の名は勘九郎(111)


「なん泊目だよ、ちくちょうー」
若い男の、天を恨むような声が響いた。
「今日は、家で寝ようぜ」
諭すように言ったのが船越だった。
「Fプロのも、ダメらしいぜ」
布団から出られずにいる別な男の声で、そこにいる数人の気持ちはすっかりと沈んでしまった。襖がそのときサッと開いて、尾藤の顔が現れた。
「船越は今日、山崎さんと組んでくれ。Fプロのパイプにも肉厚不足が出ちまった」
そうして、尾藤は、他の男たちに向かって、
「静岡も、もうひと踏ん張りだ。きついと思うけど、なんとか頑張ろうや」
と声をかけた。
「一番きつそうなのが尾藤さんじゃありませんか」
船越は尾藤の体を心配して言った。
「俺は90分も寝れば、持つように出来てるんだよ。鍛え方が違うからな」
確かに目はらんらんとしていたが、疲労の色合いは昨日よりもはっきりと濃くなっている。
「先に発注をかけといた方がいいんじゃないですか?」
「さっきFAXをいれたよ」
船越の問いに、尾藤が答えた。在庫を確認しておいた問屋に対して、尾藤はあれから注文を出したのだ。採算のことを考えて、事前に発注することは控えていたのだが、不具合が出たことで、15本の手配に踏み切った。
「あのあと、注文の資料を作ったんですか?」
尾藤に寝る時間があったのだろうかと不安になって、山崎は聞いた。
「たいした手間じゃありませんよ。それより、今日が勝負です。船越と一緒にやれば、今日中に結果が分かるでしょう。20本以内で収まるといいんですが」
尾藤はそう言いながら、プラスチックの袋から、おにぎりやらカップの味噌汁やらを取り出して、部屋の端にあるテーブルの上にわさわさと置いた。
「毎日こんな朝飯ですままないけど、なんとか乗り切ってくれ」
「尾藤さんこそ、ちゃんと食って下さいよ。工場長が倒れたら、終わりですから」
尾藤は船越の方に軽く手を上げ「加藤のとこを休ませるから、悪いけど6時半にはここを空けてくれ」と言い残して仮眠室を去っていった。


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2013年8月3日土曜日

俺の名は勘九郎(110)


山崎が仮眠室に向かった様子がないのを不審に思った尾藤は、工場の建屋を出て、荷受けヤードへと歩いた。新人の頃の山崎ならいざ知らず、山崎が黙って事務所に戻ったはずはあるまいと考えて、尾藤は不具合が出たことを覚悟した。
検査台のパイプと格闘する山崎を見て、明日は誰かを応援につけないとまずいな、と尾藤は思った。
「出ちまいましたか?」
「はい、8本のうち4本が肉厚不足です」
「8の4…」
尾藤は右の目じりを少し歪めたが、驚いた風ではなかった。
「1本あると続くことがありますからね。そこら辺で止まってくれるといいんだが」
結局、20本のうちの11本に不具合があった。
深夜の3時半を過ぎていたが、山崎は眠気を感じなかった。次の20本を検査台に載せてほしいと、尾藤に頼んだ。
「あと140本、全部調べんといかんでしょう。いったん仮眠をとって下さい。朝までに、並べ替えておきます。6時になったら、船越が起きるから、検査に回しましょう」
船越は、かつて山崎に検査の仕方を教えてくれた社員だ。
「静岡の方は大丈夫なんですか?」
「全部、山崎さんにやってもらうわけにはいきませんよ。二人でやれば、はかどるでしょう」
「一人ぽっちじゃなくなるだけで、助かります」
「申し訳なかったね。一人やらせちまいまして」
それから山崎は仮眠室に入り横になったが、あと9本で予備のパイプがなくなることを考えるとなかなか寝付けなかった。もし20本以上の不具合が出た場合には、どこを探せばいいのだろう。全国の鋼材問屋をあらかた確認した、と尾藤は言っていた。
一睡もしていないような感覚だったが、実際には少し眠ったのかもしれない、山崎は、開ききらないまぶたをこすりながら、そんなことを考えた。誰かのセットしたアラームがけたたましく鳴り、6時になったことを知らせた。


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2013年6月22日土曜日

俺の名は勘九郎(109)

次の20本にも異常はなかったが、調べ終えたときには、11時を過ぎていた。問題のなかったことを報告すると、尾藤もほっとしたようで、山崎に仮眠室で休むように促した。
「尾藤さんたちは、寝ないんですか?」
山崎が尋ねると、尾藤は残念そうに首を振った。
「みんなは交代で寝せますが、俺が寝ちまうわけにはいかなくってね」
「ヤバいっすよ、それ。二晩も寝てないんですよねぇ」
「大丈夫。90分だけ寝てますから。90分睡眠で一週間持たせたことだってあります」
何年前のことだろうと山崎は思ったが、それは聞かずに
「あと1本だけ調べたいんで、並べ替えだけお願いしていいですか」
と尾藤に頼んだ。
いい心がけですよ、と言って、尾藤はクレーンを扱う作業員を呼び、161番から180番までを並べさせた。
降ったりやんだりしていた雨は上がっていた。花の季節の冷気が降りて、首筋から背中に流れていくようだった。Tシャツの上から貼ったカイロの熱を少しでも取り込もうと、右手の甲を腰の後ろに押しつけて、大きく息をすった。
161番のパイプに計測器を当てたとき、山崎は嫌な予感がした。触っただけでパイプの厚さが分かるはずはない。マイクロメーターのメモリを読むと7.98ミリあった。両端の天地左右を調べても、パイプの厚さに異常はなかった。《気のせいか》と思ったが、そのまま仮眠室に戻る気にはなれなかった。もう一本だけ測ってみよう、山崎は隣のパイプへと移動した。
H型の鋼材で組まれた検査台に並ぶパイプは、タイヤ止めのような形の部材で転がらないように置かれている。その部材をずらし、管番号の書かれた部分が真上になるように、山崎は少しだけパイプを転がした。「天」の位置にマイクロメーターを当てたとき、再び嫌な予感がした。予感というよりは、杞憂であってくれと祈るような気持ちだった。しかし、どこからメモリを眺めてみても、7.92としか読めなかった。不良が出てしまった。その隣のパイプにも肉厚不足が一カ所あった。164番のパイプには異常がなかったが、165番のパイプは天と地の2カ所が規定の数値を満たしていなかった。


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2013年6月1日土曜日

俺の名は勘九郎(108)


霧雨がつくった粒子のような雨粒が作業着にしみ込んで、山崎の背中から体温を奪い始めた。検査台上の20本のパイプを計測し終える頃、辺りはすっかり暗くなっていて、投光機から落ちる灯りだけではマイクロメーターのメモリを読むことが困難になっていた。尻のポケットから懐中電灯を出して数字を読み、それを戻してメモを書く。一本のパイプを計測する時間はさらに延びてしまった。
尾藤のところに行って、検査を終えたパイプを降ろし、新しいパイプを並べてもらうように頼むと、服の上から貼るタイプの使い捨てカイロを、尾藤が渡してくれた。
「どうでした?」
「全部合格でした」
「そりゃあ、良かった。静岡のパイプが、たまたま出来が悪かったのかもしれない」
「だといいんですけど」
「次は、101番~120番を並べさせますよ。それがOKなら、あとは大丈夫でしょう」
101番や120番というのは、パイプにつけられた通し番号のことだ。
「残りのパイプは検査しなくてもいいんですか?」
「抜き取りで2割合格なら、普通はやりません」
「今回は?」
「全部で60本はやりましょう。それで問題なければ終了です」
残り180本、と思っていた山崎は、それを聞いてほっとした。
「弁当が来たから、メシにしましょうや」
尾藤に言われて、ようやく腹が減っていることに気がついた。
「天丼とカツ丼、どっちにします?」
尾藤に聞かれた山崎は、迷わず、カツ丼と答えた。発泡スチロールのどんぶりから、黄色い卵がはみ出して、厚みのある肉を口に放り込むと、まだしっかりと熱さが残っていた。汁のしみた飯を飲み込むようにして食べる山崎を見て、ちゃんと噛まないとエネルギーになりませんよ、と尾藤が注意した。そう言われて、山崎は雪乃のことを思い出した。
「かまずに食べると、胃酸が出すぎるよ」
山崎がきちんと噛まないと、雪乃はいつもそう言うのだ。尾藤の言葉でそれを思い出した山崎は、いつか雪乃と別れたら、ちゃんと噛め、と言われるたびに、胃酸の話を思い出すのだろうな、と考えた。
「どうしたの?」
尾藤に言われて我に帰り、
「何でもありません。あと40本で済むといいですね」
と応じた。早く帰るためではなく、プロジェクトのことを考えている自分に気づいて、山崎は《柄にもない》と思わないでもなかった。


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2013年5月4日土曜日

俺の名は勘九郎(107)

「パイプに問題がなければ、納期は大丈夫なんですか?」
山崎は、新たに湧いた疑問を口にした。
「静岡次第ですが、なんとかしなければ…」
尾藤の言葉はいつになく力弱かった。
「パイプが着たら、俺に検査させて下さい!」
研修で山崎に検査を教えたことを尾藤は思い出したが、浅野さんの社員に作業させるわけには行きません、と冷静に言った。
「そんなこと言ってる場合じゃないじゃないですか!」
山崎は意気込んだ。尾藤は少し考えて、ベルトにぶら下げたホルダーから携帯をとりだした。「今、大丈夫ですか」と切り出して、尾藤が事情を説明している相手は蔵島だった。話が一段落したところで、尾藤はその携帯を山崎に渡した。
「猪俣さんには、僕からよく言っておくから、尾藤さんを手伝って上げてくれ。ただし、研修で習ったこと以上の作業はしないこと。何よりも安全を優先させるんだ」
それが、蔵島からの指示だった。
来客用の作業着に着替えた山崎が、検査用の台にずらりと並んだパイプの前に立つと、ぽつりと雨が落ちてきた。来るときには上がっていた雨が再び降り始めたのだ。屋内にもパイプを検査する場所はあったが、今はそこも溶接工の仕事場になっていた。それに、屋外の方がずっと広いので、一度に置けるパイプの数が全然違った。山崎が自分でクレーンの操作をすることは出来ないので、検査を終えたら、溶接をしている作業員を呼んできて、パイプを並べ替えてもらわなければならない。雨がこれ以上激しくならないようにと、山崎は祈るような気持ちだった。濡れたくないということよりも、雨でパイプが滑る状態なら、クレーンで吊り上げる作業そのものが中止になってしまうからだ。
腰より少し高い位置に並んだパイプの端に、山崎はマイクロメーターをあてた。管の厚さを測定する計器のメモリは、ちょうど8ミリを示していた。それは、公差の下限値を0.05ミリだけ上回る数字だった。F市向けのパイプの厚さは、7.95ミリ以上なければならない。山崎は胸のポケットから、メモ用紙を取り出すと、「天」と書いてその下に8.00と記録した。パイプの上を「天」、下を「地」で表し、左右はそのまま「左」「右」と書くのがヨウザンの慣わしだった。天地左右の計測が終わると、山崎はパイプの反対側に周り、もう一方の肉厚を計測した。それから、スチール製のメジャーを磁石でパイプの端に固定した。シュルシュルとメジャーを伸ばしながら、反対に回ったところで、計測すると6メートルと2ミリの長さだった。静岡のパイプも、管の長さはすべて合格だったと聞いていたので、やっぱ肉厚か、と山崎はひとりごちた。メモした数字をバインダーの記録用紙に書きこむと、一本のパイプを計測するのに、10分以上の時間がかかってしまった。200本のパイプを計測するのだから、2000分ということになる。30時間が1800分と計算してみたとき、山崎はまた絶望的な気分になった。まったく休憩せずにやっても、明日の夜になってしまう。もし不合格品が20本以上あったら、それからパイプを探さなければならないのだ。


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2013年4月7日日曜日

俺の名は勘九郎(106)


「今日の入荷予定です」
「もし、肉厚が足りなかったらどうするんですか?」
「国内の問屋から同じ規格のパイプを取り寄せます」
「確保してあるんですか?」
「16本手配しました」
「静岡のは、どれくらいダメだったんですか?」
「2割です。Fプロは130基もありますから、2割だとアウトです」
「2割だと26本…」
つぶやくように言う山崎を見て、尾藤は苦しそうに首をふった。
「ブラジルから来るのは、6mものが200本です。Fプロは、9mですから」
6mのパイプと3mのパイプを接続して、9mの高さにすることを山崎は思い出した。200本のパイプのうち、65本を半分に切断して3mのパイプをつくるのだ。130本は6mのまま使うので、5本余ることになる。予備のパイプがあるとことに、山崎は一瞬安堵したが、200本のうち2割が使えないとしたら、40本も不良品があることになってしまう。山崎は計算しながら、絶望的な気持ちになった。
「国内にはもうないんですか?」
「北海道から九州の問屋まで、ほとんどすべて当たりました。連絡できてない業者が少しだけありますが、まず無理でしょう。通常の規格と違うパイプですから」
「韓国とかにはないんですか?」
「あるかもしれませんが、購買や通関の手続きをしていたら、とても間に合いません」
「パイプがつくまで、待ってていいですか?」
山崎が尋ねると、尾藤はまた苦しそうな顔をした。
「パイプが入ってきても、すぐには検査できないんです」
山崎は不審な顔になった。
「今は、全員を静岡のポールに張り付けています。普段は検査をやってる連中も、今は組み立てや溶接をやっています。ほとんどの人間が、二晩も寝ていないんですよ」
「そんな…」
と言った山崎は、それきり口をつぐんだ。承認図を忘れたことを思い出し、何も言えなくなったのだ。


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2013年3月20日水曜日

俺の名は勘九郎(105)

十三
雨に濡れた歩道の縁石に桜の花びらが、ぎっしりと押しやられていた。灰色の空にそびえる小田原城の天守閣をちらりと眺め、公園を突き抜けて、山崎はヨウザンの工場へと向かった。タクシーを飛ばした2カ月前と違い、20分ほどの距離を歩く余裕があった。
F市のプロジェクトが、採算上厳しいことに変わりはなかった。しかし、なんとか納期を確保しつつあり、新しくできる市街地の歩道に、ウィンディーサニーの並ぶ姿を想像すると、山崎はわくわくとした気分になった。
ほんの陣中見舞いのつもりだったので、山崎はアポイントも取らずにヨウザンを訪れた。手土産の菓子折を総務の女性に渡して「尾藤さんがお手すきなら、ひとことご挨拶したいのですが」と頼むと、尾藤は工場ですが今はちょっと、と言ってその女性は口ごもってしまった。
「突然来てしまい、申し訳ございません。それでは、名刺を置いて帰りますので、尾藤さんによろしくお伝えください」
尾藤が不在なら、市内の街路灯の設置状況を確認して帰るつもりだったので、山崎はすぐに工場を去ろうとした。技術課長の永野から、ヨウザンの工程に問題はないと聞いていたので、山崎は心配することもないのだろうと思ったが、一応その女性に「だいぶお忙しいのですか?」と尋ねてみた。山崎が浅野ソーラーの社員であることを知っているその女性は、質問には応えず「尾藤に声をかけてみますので、少々お待ち下さい」と言って、山崎を小さな応接室に案内した。尾藤は5分ほどでやってきたのだが、顔は土色で目の下には大きな隈が出来ていた。
「一週間前に、大変なことが判っちまいましてね。ちょっと渋いんですわ」
「何かトラブルですか?」
「ブラジルから輸入したパイプの肉厚が足りなかったんですよ。静岡の工場に送る信号機用のポールなんですが、実は浅野さん向けのポールも同じメーカーに注文しているんです」
「うちのは大丈夫だったんですか?」


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2013年3月14日木曜日

俺の名は勘九郎(104)


《でも、どうして人間なんだ? 俺は動物や植物だけじゃなく、鉱物とだって話しができる。他のヤツらに負けないだけの修行をしてきた。人間の力を借りなくたって十分だ》
《たしかに、十分よ。ただ生きてくだけならね。人間だって、自分たちの都合のいいように生きているだけ。人間が、あたしたちの都合を考えてくれたことがある?
山を崩して、海を埋め、都合よく地球をつくり変えてるわ。人間以外の生きものは、どんどん消えていく。そのくせ、絶滅しそうな動物に、偶然気づいた時だけ助けようとするのよ。カラスだって、絶滅しそうになったら救済されるわ、佐渡のトキみたいにね》
《どうだろうな。「ついにカラスを撲滅しました!」って喜ぶ人間の方が多そうだ》
《重度の被害妄想ね。でもね、念の力を忘れてしまった人間だからこそ、あたしたちの能力を刺激できるの。きっと人間にもテレパスを取り戻そうとする本能があるんだわ。人間が少しでもあたしたちの気持ちに気づいてくれたら、地球だって寿命を縮めずにすむのに》
《人間のやっていることなんて、ちっぽけなことさ。この星が本気になったら、人間なんて簡単に滅ぼしてしまう》
《あら、地球とも会話したことがあるの?》
《今度、試してみるさ。山崎に俺の力を高めてもらった後でな》
そして俺は、その場から飛び去った。コタローもゆっくりキトと話しがしたいだろう。コタローは、母親と再会した子供のような目をしていた。


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2013年2月24日日曜日

俺の名は勘九郎(103)

《ぼくは、キトさんに教えてもらったときです。それまでは、人間が声にだしてしゃべる言葉をときどき理解できたので、不思議な感じがしただけです。犬語を使えるのは当たり前のことですから、それが念の力だなんて思ったことはありませんでした》
《それが普通さ。読まれてることを知らなきゃ、気楽に生きていけるからな。人間が一番いい例さ。言葉が唯一のコミュニケーションだと思っているから、嘘をつくことにためらいさえ失くしてしまった》
《そんな連中ばかりじゃないのよ。勘九郎だって気づいてると思うけど》
《ぼくだって、それくらいのことは分かります》
コタローはキトに子供扱いされたと思ったようで、いきがった。
《そうね。コタローもそれが分かったから、成長したんだろうね》 コタローは少し得意げな顔になった。
《嘘をつかないことをルールにして生きている人間もいるし、嘘をつかない自分が好きだから、そうしている人間もいるわ》
《どちらも少数派だな》
《でも、そんな人間と通じ合えたときに、私たちの力が大きく伸びるのよ。あのときの女の子が、雪乃なの。今の雪乃はしょっちゅう嘘をついているわ。でも、なぜ彼女が嘘をつくようになってしまったのか、あたしには分かるの。あたしには彼女が必要だし、彼女にはあたしが必要なのよ》
《俺は今までそんな風に人間と付き合ったことはないな。人間の力を借りなくたって、力はいくらでも伸ばせる》
《そうかしら。最近のあんたの成長は、ハンのおかげだけじゃないはずだわ。出会ったのよ。あんたに必要な人間と》
《山崎が、俺の力を伸ばしているとでもいうのか》
《気づいているんでしょ。あんたほどのカラスだもの》
素直に受け入れたくはなかった。俺たちは人間から忌み嫌われてきた存在だ。「まっくろで薄気味悪い」「ゴミをちらかす害鳥」と言われ続けた。近づけば追い払われる。都会じゃあ、特にそうだ。森がなくなり、住むところを奪われた。森がなくなれば、食い物も減る。しかたがないから、人間が残した食糧を処分してやることになる。わざわざ半透明の袋に食糧を入れて、一か所にまとめておいてくれる。ご丁寧なことだ。「食べきれなかったご飯を、カラスさんどうぞ」と言っているようなものじゃないか。それを食ってなにが悪い。
《あんたの気持ちも分からないではないわ》
《ノラ犬のぼくにだって、遊んでくれる人がいますからね》
どうやら全開の頭で考えてしまったらしい。コタローにまで読まれてしまった。


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2013年2月2日土曜日

俺の名は勘九郎(102)


《あんたほどの使い手でも、気づいていなかったのね。マタギの力を意識して使える動物なら、だれでもその力を伸ばそうとするわ。あんたが一生懸命、ハンから学ぼうとしているようにね》
《ハンのことを知っていたのか》
《当たり前よ。あんた、いつもカゴのなかで、ハンから習ったことを復習してるじゃない》
《うかつだったな。キトに盗まれてるとは思わなかった》
《失礼ねえ。あんたが漏らしてただけじゃない。それにあんただってハンの技を盗んでいるんでしょ》
《盗むというより、感じ取っているだけさ》
《あたしだって同じよ。あんたから盗んでいるつもりじゃないわ》
《すまなかった。盗むという表現は、穏当じゃなかったな。それで、能力を高めるために、必要な人間というのは?》
《言葉を使うようになった人間は、長い年月のうちに、念を使う能力を失くしてしまったわ。そして、すべての動物に心があることさえも忘れてしまったの。けれど中には動物や植物にも意思があることを信じていて、話しかけてくる人間もいるわ。車や道具に愛着をもって、大切に扱う人もいるわね。そんな人間は、あたしたちとシンクロしやすいの。
あたしの力が飛躍したのは、あたしにこっそり餌を与えてくれた女の子と心が通じた時だったわ。理科室の裏で倒れていたあたしを拾って家に帰ったその子は、母親にひどくしかられたの。母親は猫の毛に触れるとアレルギーの出る体質だったのね。それで、あたしを見るなり、元の場所に捨ててきなさいって彼女を叱ったの。小学一年だった彼女は、体育小屋の裏に、段ボールの箱をおいて、あたしの面倒を看てくれたわ。生まれて半年のあたしは、風邪をこじらせて、ひどい熱を出していたの。彼女は毎朝、パンとミルクを持ってきてくれたわ。授業が始まる前に来てくれて、放課後には残しておいた給食を運んでくれた。そんなことが一週間くらい続いて、あたしは起きて歩けるようになったの。彼女があたしに気づいてくれなかったら、あたしは死んでいたわ。あたしはなんとかして彼女に気持ちを伝えたいって思ったの。あたしが強く、強く、ありがとうって念じたときに、彼女が笑ってくれたわ。次の一週間も、彼女は毎日やってきて、あたしにいろんなことを話してくれたの。あたしはすっかり元気になったし、彼女の言葉と気持ちが全部分かるようになったわ。彼女も偽りのない言葉をあたしにくれていたのね。
ある日、一人の少年がやってきたの。鼻の形が彼女と似ていたし、左手に持っていたパンがいつもと同じ匂いだったから、たぶん兄さんなんだと思った。目つきは全然似てなかったけどね。地面に置かれたパンをあたしが食べ始めると、彼はいきなりあたしの首の皮を掴んで、茶色い紙袋を頭から被せたわ。尻ごみして逃げようとしても脚は宙をかくばかりで、すぐに彼は、チャックのついた布袋にあたしを押し籠めたわ。そして小屋の脇に留めてあった自転車のカゴに袋を入れて、走りだしたの。でこぼこ道を、せいいっぱいの力でペダルをこいだのでしょうね。真っ暗闇に包まれたまま、なんども、なんどもスチールの格子に背中を打ちつけられたわ。あたしは痛いというよりも、恨めしい気持ちだった。だって、口の中に残っていたパンが「ゴメンね」って泣いていたんだもの。それは、あの女の子の意思だったわ。彼女の気持ちがパンの一切れに乗り移ったに違いないの。あの子は、あたしがこうされるのを知っていた。それに気づいてしまって、悔しかったの。
どれくらいの時間だったかは忘れてしまったけど、あたしにはとても長い時間に感じたわ。彼はよくやく自転車を止めて、あたしを布袋から出して、紙袋のまま、地面に降ろしたの。あたしはバックしながら、頭の紙袋を地面にこすりつけて、ようやく紙袋を外すことができたわ。外はもう夕暮れどきで、見たことのない沼の縁に、あたしはいたの。彼は自転車のハンドルをグイとまわすと、サドルにまたがって、帰ろうとしたわ。あたしは一生懸命、彼の頭の中を調べたの。
母親はなぜか娘を毛嫌いしていたみたい。ネコアレルギーだけが理由じゃなかったわ。あの子の体についていた、あたしの毛のせいで、母親が顔や腕を真っ赤に腫らしていたことは確かだった。それを理由にあの子をぶったの。なんどもなんども。お兄ちゃんはそれが我慢できなかったのね。だからあたしを捨てるってあの子に宣言した。それでも、あの子は「あと一日、もう一日だけ」とお兄ちゃんに頼んだのね。私の体が回復するまで待ってくれって。
コタロー、あんた、念の存在に気づいたのはいつから?》
キトは長い話しを中断して、不意にコタローに質問した。


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2013年1月5日土曜日

俺の名は勘九郎(101)


《キトさん、僕、いろんな動物と会話できるようになりましたよ。人間の言葉だって、嘘とホントの区別がつくようになりました。頭の中で考えていることも、ほとんど分かります。まだまだキトさんのようには出来ませんけど、独りになってから一生懸命、頑張りました》
《そう。よかったわね》
《2歳の小僧にしちゃあ、たいしたものだぜ。》
キトがそっけないので、俺はフォローしてやった
《犬の1年は、人間の7年に相当するんだったかしら。コタローも14歳なら、自立できる歳じゃない。あたしがそばにいない方がよかったのよ》
《だからって、突然いなくなることないじゃないですか!》
コタローはいくぶん非難めいた調子で言った。
《あんたに声をかけたら、着いてきちゃうと思ったのさ。あの人はネコ好きだけど、犬はダメだったからね》
《あの人って、ピンクのスーツケースを引きずるように歩いていたあの女の人ですか》
《そうよ。あたしはどうしても、あの人に着いていかなきゃいけなかったの?》
《その女というのは雪乃のことかい?》
《そう》
《どうして、その女の人に着いていく必要があったのですか?》
《あたしたちの能力を高めるためには、ある特定の人間が必要なの》
《ある特定の人間?》
キトの意味するところが分からず、俺は聞き返した。


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