2009年11月30日月曜日

俺の名は勘九郎(9)

山崎の住むマンションは、JR中野駅から北へ進み、早稲田通りをさらに北へ進んだ辺ぴなところにある。人間の足なら20分ほどかかるが、飛べば5分の便利のよさだ。もっとも、駅から5分だろうが、20分だろうが俺にはまったく関係はない。セキュリティーに対するこだわりが、ほとんどなさそうな建物の玄関ホールの前に降りてみると、山崎を載せたエレベーターは5階のランプがついたところで止まった。7階建てのマンションの屋上を飛び越えて、南向きに並んだ窓の5階辺りを眺めていると、ほどなく一つの部屋のカーテンが開いた。5階の東の角部屋が山崎の住む一室で、俺はその部屋のベランダの手すりの一番端に止まり羽を休めた。小さく羽ばたきベランダを2、3度往復すると山崎の部屋の様子がだいたい分かった。ワンルームタイプの部屋の東側の出窓の壁と接するようにベッドがおかれ、反対側の壁の奥にテレビがある。ブラウン管式だから、アナログ電波しか受信できないタイプなのだろう。南側の窓につながる壁と水平におかれた組み立て式の机の上には、CDやらゲーム機やらが乱雑に置かれていた。長いこと机として機能したことはないのだろう。机の意思を呼び起こして聞くほどのことでもないので、俺は無駄な労力を使うことはしなかった。俺が覗きこんでいる窓からまっすぐ奥に見える大きなドアが、この部屋の玄関口だ。その方向に数歩進んだ山崎は、右手のドアを開けて中に消えた。そこには、トイレと一体になったユニット式の風呂がある。なんということもない独身男の一人暮らしの部屋だった。
その日のねぐらになりそうな木をさがそうと、ベランダを飛び立とうとしたときのことだ。俺は何かに尾羽をつかまれたような気がした。振り返ってみても、そこには誰もいない。山崎は、まだトイレに籠ったままのようだ。傾げた首をもとに戻し、すっかり黒くなった正面の空に飛びだそうとすると、今度は両方の翼を人間の手で包まれるように抑えられた気がした。何ものかが、俺の注意を引いている。


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2009年11月28日土曜日

俺の名は勘九郎(8)

キトの飼い主である女は、山崎がこの部屋に連れてきた4人目の女だ。半年で4人の女と同棲まがいのことをするというのは、以前の山崎なら、ちょっとありえないことだ。しかし、山崎の生活がすさんでしまった理由を分かってやれないでもない。
俺が初めて山崎を見たのは、6年も前のことになる。上野動物園のサル山の前だった。山には40頭ほどのサルがいた。
「サル山のサルを観察するときは、これだと思う一頭を決めて、そのサルになりきってみて下さい。きっとそのサルの性格まで見えてきますよ」
動物園のガイドの言葉を聞いた山崎は、パートナーのメスザルに死なれたばかりだという一頭のオスザルに注目した。近くでじゃれあう2頭の子ザルは、そのサルの子どもたちなのだろう。子ザルがいくら父親にちょっかいを出しても、オスザルはピクリとも動かなかった。ただ、ぼうっとした様子で、一点を見つめるばかりだ。そして山崎も、初夏の陽ざしをもろともせず、ひたすらまんじりとそのオスザルを見続けた。サル山の後ろの壁の向うから生えたクスノキは、こんもりとした枝を山の裾野の真上まで伸ばしている。生い茂った葉がほどよく日光をさえぎり、俺は1時間ほど、その木の枝で居眠りをした。目を覚ましても、まだ山崎は最前と同じ所にいて、その視線の先には、これもまた最前のサルが同じ格好をしていた。ガイドの言葉ではないが、おれは山崎になりきったつもりで、この一人の人間を観察して見ようと思った。山崎がひとりでサルを眺めていたのは、昔の女と初めてデートした場所を訪れて、くだらない感傷にひたるというありきたりの理由からだった。暇つぶしのつもりの人間観察が、それから6年も続くことになるとは、さすがの俺も、そのときは想像できなかった。太陽が西の空にかかり、サル山の尖ったてっぺんの影が長く伸びたころ、山崎は動物園の出口の方へ向かった。その山崎をなんとなくつけてみようと思ったのは、ただの気まぐれだったのか、巡りあわせの必然だったのか。それはいまもって分からない。ただ、ねぐらの森を捨てたばかりの俺が、サルを見て一日を過ごす孤独な人間の心に妙に反応してしまったのだとは言えるかもしれない。


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2009年11月23日月曜日

俺の名は勘九郎(7)

俺たちと意思の交換ができる人間には、会ったことがない。言葉に頼る人間は、ミドリガメと同じで、年中開きっぱなしのやつが多い。だから、人間の言葉が嘘ばかりだということを、俺は知っている。例えば、出社したときの山崎は、上司や同僚から「おはよう」と声をかけられる。気持ちのいい朝だね、という意味でおはようと言っている人間はほとんどいない。上司は《そんな顔で会社にきやがって、昨日の夜は、何時まで飲んでいたんだ?》と思っているし、目の前の女の子は《ネクタイは違うけど、昨日と同じシャツ。この人、また外泊かしら?》と思いながら、おはようと声をかける。それを直接聞かないのが人間の習性なのかもしれない。
初対面の女を俺に紹介することもなく、山崎が女に聞いた。
「ワインと氷結、どっちにする?」
半透明のビニール袋から、コンビニで買ってきた安ワインとロング缶のチュウハイを、山崎が取り出した。
「氷結かな」
と女は一応答える。全開の山崎の感情から漏れてくるのは、《はやく、やりてえ》の一色だ。ちなみに、氷結かな、と答えた女の心理はどうであろか。こちらも、早速、開いていた…。



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2009年11月19日木曜日

俺の名は勘九郎(6)

マタギの上級者は、いきなり他の生物に向かって開くようなことはしない。例えば、犬と人間の会話が成り立つとしたら、人間だって、カミさんの悪口を散歩中の愛犬に言ったりはしないだろう。俺たちの場合だって同じようなものだ。俺がキトのキジトラ模様をいつか真っ黒に染め抜いてやろうと考えても、俺の言葉がキトにとって「カア」ならば警戒されることはない。高等な種族の体の色は、黒と相場が決まっている。人間ならば、アフリカを起原とするやつらが上等だ。しかし、白鳥の連中は、鳥だって人間だって、白いのが一番だと主張する。鳥も人間も黄色がいい、と言っているカナリアには会ったことがない。正直に言えば、黒でも白でも、なんでもよろしい。俺の好みが黒というだけのことだ。したがって、キトを真っ黒にしてやろうと本気で思っているわけじゃあない。
キトの言葉に、俺がすぐ反応したのは、付き合いが長くなりそうな気がしたからだ。互いの領域を不可侵にする条約を結んでおけば、毎日いらぬ心配をしなくてすむ。キトとの交渉はうまく成立した。 それにしても、「人類の最大の発明は言葉だ」と言った人間がいるそうだが、それを進化だと思っているとは、哀れなことだ。そのせいで人間は、テレパスを失ったのだ。まれに俺たちの言葉に反応できる人間もいる。しかし、それが動物や物質から放たれた言葉だとは、とうてい理解できないようだ。「神の啓示を受けた」なんて言って喜んでいるやつは、俺たちが何かを教えてやっているだけのことだ。勘違いしたやつが、ときどき教祖を名乗りだすが、そんな人間に俺たちはもう何も教えてやらない。したがって、にわか教祖はデタラメばかり言うはめになる。


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2009年11月13日金曜日

俺の名は勘九郎(5)

キトの交換能力がどのレベルにあるのかは分からない。しかし、いきなり俺に向かって開いてきたということは、まだマタギの初心者なのだろう。開くというのは、自分の意識を開放して、相手に話しかけることだ。意思の交換は、感情を開いたり閉じたりして行うものだ。俺がキトに何か言いたければ、俺はキトに向けて感情を開く。考えていることを知られたくないときや、相手の声を聞きたくなければ、閉じれていればいい。中には閉じたり開いたりが出来ないやつもいる。無生物は基本的に、ずっと閉じている。だから、自分たちがしゃべれるということを知らない。黙っている分には、バカには見えないから、沈黙は金というのも、あながち間違いとは言い切れない。逆に四六時中開きっぱなしのやつもいる。山崎が水槽の中で飼っているミドリガメがそうだ。《腹が減った。暇だ。眠い》あいつの頭の中にあるのは、たいがいこの三つだ。お経のようにそればかり繰り返している。餌を食って暇になると、すぐに寝てしまうやつだ。腹が減った以外の言葉は不要だ。一度カメにそうツッコんでみたが、「おや?」という顔をしただけで、またお経が始まってしまった。うるさくて仕方ないので、すぐに閉じた。以来、カメの思考に対して開いたことはない。


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2009年11月8日日曜日

俺の名は勘九郎(4)

しかし、ある朝、何ものかが《助けて!》と叫ぶのが聞こえた。そいつは、線路の砂利の下にいた。人気のない新宿駅のホームの下で、プラチナのリングがキラリと輝いた。俺は声の主がそのリングだと直観した。最終電車に乗る前に、結婚指輪をはめようとした男が、うっかり落としたものに違いない。不倫の代償は、指輪の値段くらいではすまないだろう。空き缶からちぎれたプルトップを集めるような、貧乏くさい趣味は俺にはない。しかし、そのプラチナのリングが発した光は、不倫男にはふさわしくない清楚な輝きだった。俺はそいつを茶色い石の下から救ってやった。オレンジ色の頭をビルの向うに見せていた太陽が、いつの間にか黄色く強く輝いていた。すぐに始発電車がホームに入り、半分眠った酔客を体の中に吸い込んで西へ進んだ。
《あんたの声が聞こえたぜ》
俺がリングに話しかけると、リングは一瞬驚いたが、すぐに悟ったようで、そいつは俺に礼を言った。俺は無生物の意思を掬うコツに気がついた。その日から俺は何年も修行して、地上のすべてのものと話ができるようになった。リングはいま、俺が作った巣の中にある。あまり知られていないことだが、カラスは自分の巣をねぐらにしているわけじゃない。巣は、メスが卵をうみ、ひなを育てるための場所だ。寝るときは普通森に帰る。森の中で、集団で寝るのが、俺たちの習性だ。これは俺たちだけじゃなく、巣をつくる種類の鳥は、たいていそうだ。集団で寝ていれば、異変が起きたときに誰かが気づく。気がついたやつは、大声を出して仲間に知らせる。すると群れは一斉に森を飛び立ち、危機を逃れる。誰かが襲われたとしても、被害は最小ですむ。だが、俺はいつのころからか単独行動するようになってしまった。能力が高すぎて、カラス仲間で少々浮いてしまったことは否めない。


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2009年11月5日木曜日

俺の名は勘九郎(3)

マタぐ、というのは、種族間をまたいで意思疎通できるということだ。普通は、ネコならネコ同士、カラスはカラス同士でしか会話できない。ネコにはネコ語。カラスはカラス語、というわけだ。マタげない連中にとって、ネコの言葉はニャアだし、カラスはカアだ。ところが、少し出来のいいやつになると、種族間をまたいで意思を交換することができる。さらに出来るやつは、植物とだって意思交換する。葉っぱにだって、命はあるのだ。そして俺くらいのレベルになると、石ころとだって交換できる。もちろん意思の交換、ということだ。「石の意思」なんてベタなことを、俺は言わない。したがって、プラスチックとだって鉄とだって、交換は可能だ。宇宙の始まりはカオスで、有も無も、生も死も、一体だということを知っていれば、鉱物にも意思があることくらい想像がつく。その仮説に自信はあったが、実践にはかなり苦労した。無生物の連中も、目の前で起きたことを理解しているし、記憶もしている。しかし、ほとんどのやつは、自分がしゃべれる事をしらない。聞く耳があることを知らない。だから、こっちからマタいで行くと、えらく驚かれる。しょんべんで目を覚ました冬眠中のカエルが、となりで寝ている蛇に気づいてしまったときのような顔をする。考えてみれば、やつらにとってはファーストコンタクトだ。それくらいの衝撃があってもよろしい。俺が、おい、と声をかけてやっても、連中はそれがカラスの意思だとは思えない。だれに返事をしていいのか分からず、キョトンとしている。ひょっとしたら、天の声か何かと勘違いしているのかもしれないと考えたこともあった。所詮、しゃべることは出来ないのだと思っていた。


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2009年11月2日月曜日

俺の名は勘九郎(2)

《珍しいわね、あんたみたいなタイプに部屋の中で会うなんて。あたしの名前は、キト。しばらくお世話になるみたいね。よろしく。で、あんたの名前は?》
飼い主と違ってキジトラの方は、少しは礼儀を知っているようだ。キトの頭をなでながら、飼い主の女が俺の顔を覗きこむようにして言った。
「ネコとカラスって相性いいの?」
いいわけがなかろう。やっぱり山崎の連れだ。飼いネコでも鳥を食うやつがいる。狩りを楽しむだけで食うことをしない、キャッチアンドリリース派のネコもいる。まあ、俺たちカラスは、ネコに食われるようなドジは踏まない。が、それでもネコとひとつ屋根の下に暮らすのは気持ちのいいもんじゃない。おい山崎、なんとかしろ、と言ってみたが、人間にはどうせカアとしか聞こえていないのだ。かわいそうに。人間には言葉があるというが、そんなものは嘘の塊だ。人間以外の存在は、いわゆるテレパシーで意思を交換している。だから、キトの言うことを俺は理解できるわけだ。俺はキトに答えた。
《俺の名は、堪九郎。この鳥かごをねぐらにして2年になる。この部屋のベランダに居つくようになったのは3年前で、山崎との付き合いはもっと古い。昼間は勝手にやっているが、部屋にいるときは、カゴの中だ。お前さんとかち合うつもりはないから、せいぜいよろしく》
《人間に飼われるカラスなんて、初めて見たわ。ところで、あんたいつからマタげるようになったの?》
《そんなものは、生まれたときからだ》



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2009年11月1日日曜日

俺の名は堪九郎(1)



「なにこいつ?」
挨拶もなしに女は言った。俺がその女を見たのは、そのときが初めてだ。したがって、女の言う「こいつ」とは俺のことだ。初対面の相手に向かって、なにこいつ、とはどういう了見だ。俺はその女の両目を黙って見据えた。しかし、女は俺と目を合わせる気もないらしい。ならば俺の方から声をかける必要もあるまい。それにしたって、どなた? くらいの言いようがあろう。どちら様?と言えればまあ合格だが、そこまでは期待していない。どうせ山崎が連れてきた女だ。上品な人間じゃないことは確かだろう。山崎というのは、俺の目の前にいる色白で痩せぎすの男だ。裸になれば、28歳の男にふさわしい筋肉が少しはついているのだが、それにしたって、どうみてもやさ男だ。人間の中に芯てものがない。心根の優しいやつではある。優しいから女にはもてる。女には多少もてるのかもしれないが、俺から見れば、ただの甘ちゃんだ。甘ちゃんの3流サラリーマンだ。
山崎は俺の方をちらっと見てから、女に言った。
「こいつはね、堪九郎っていうんだ。けど歌舞伎はやらないぜ」
くだらない冗談で、山崎は俺のことを女に紹介した。
「うまいこというわねえ。堪九郎だけに、歌舞伎ときちゃった」
本気か? 本気で笑ったのか? まあいい。どうせ山崎の連れだ。頭の程度だってしれている。
「ちょっと気味が悪いかもしれないけど、慣れれば平気だから。それにびっくりするくらい頭がいいんだぜ」
気味が悪いと思うか、カッコいいと思うかは、主観の問題だ。頭がよさそうなことくらい、この女にも想像がつくだろう。しかし、山崎はいつまでこの女をここに置いておくつもりなのだ。キャスター付きのド派手なピンクのスーツケースを、女は山崎に運ばせた。そして山崎は、俺に断りもなく、その目障りなスーツケースを俺の足元に置いた。しかも、縦に置いたスーツケースの上には、その女が連れてきたネコが乗っている。茶色地に黒縞模様のキジトラ猫だ。あまり太ってはいない。


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『俺の名は勘九郎』 について

試験的に書いたものを公開しております。
推敲をほとんどしていない状態なので、いろいろな不備があると思います。
・誤字、脱字が多い。
・ストーリーの時間軸に矛盾がある。
・ストーリーの中の制約条件(物語の中のルール)に矛盾がある。
・過去の展開とつながらない展開が突然起こっている。
などが考えられます。
オリジナル原稿はストーリーの大筋しか決めていません。従って、ストーリーの大幅な変更を行った場合は、原稿の本文はすべて修正していますが、ここに公開したものはたぶん修正できないと思います。

無事に完成すれば、文学賞へ応募することがあるかもしれまん。
その文学賞がインターネット上の公開を禁止している場合は、更新を中断したり、削除することがあるかもしれません。
また、あまりに拙い小説もどきの文章を公開していることの恥ずかしさに気づいた場合は、すぐに削除してしまうかもしれません。
(下手な文章にも発生する)著作権は、筆者に帰属しています。

興味を持って読んでいただけるかたには、以上をご理解いただければ幸いです。