2009年11月19日木曜日

俺の名は勘九郎(6)

マタギの上級者は、いきなり他の生物に向かって開くようなことはしない。例えば、犬と人間の会話が成り立つとしたら、人間だって、カミさんの悪口を散歩中の愛犬に言ったりはしないだろう。俺たちの場合だって同じようなものだ。俺がキトのキジトラ模様をいつか真っ黒に染め抜いてやろうと考えても、俺の言葉がキトにとって「カア」ならば警戒されることはない。高等な種族の体の色は、黒と相場が決まっている。人間ならば、アフリカを起原とするやつらが上等だ。しかし、白鳥の連中は、鳥だって人間だって、白いのが一番だと主張する。鳥も人間も黄色がいい、と言っているカナリアには会ったことがない。正直に言えば、黒でも白でも、なんでもよろしい。俺の好みが黒というだけのことだ。したがって、キトを真っ黒にしてやろうと本気で思っているわけじゃあない。
キトの言葉に、俺がすぐ反応したのは、付き合いが長くなりそうな気がしたからだ。互いの領域を不可侵にする条約を結んでおけば、毎日いらぬ心配をしなくてすむ。キトとの交渉はうまく成立した。 それにしても、「人類の最大の発明は言葉だ」と言った人間がいるそうだが、それを進化だと思っているとは、哀れなことだ。そのせいで人間は、テレパスを失ったのだ。まれに俺たちの言葉に反応できる人間もいる。しかし、それが動物や物質から放たれた言葉だとは、とうてい理解できないようだ。「神の啓示を受けた」なんて言って喜んでいるやつは、俺たちが何かを教えてやっているだけのことだ。勘違いしたやつが、ときどき教祖を名乗りだすが、そんな人間に俺たちはもう何も教えてやらない。したがって、にわか教祖はデタラメばかり言うはめになる。


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