2009年11月8日日曜日

俺の名は勘九郎(4)

しかし、ある朝、何ものかが《助けて!》と叫ぶのが聞こえた。そいつは、線路の砂利の下にいた。人気のない新宿駅のホームの下で、プラチナのリングがキラリと輝いた。俺は声の主がそのリングだと直観した。最終電車に乗る前に、結婚指輪をはめようとした男が、うっかり落としたものに違いない。不倫の代償は、指輪の値段くらいではすまないだろう。空き缶からちぎれたプルトップを集めるような、貧乏くさい趣味は俺にはない。しかし、そのプラチナのリングが発した光は、不倫男にはふさわしくない清楚な輝きだった。俺はそいつを茶色い石の下から救ってやった。オレンジ色の頭をビルの向うに見せていた太陽が、いつの間にか黄色く強く輝いていた。すぐに始発電車がホームに入り、半分眠った酔客を体の中に吸い込んで西へ進んだ。
《あんたの声が聞こえたぜ》
俺がリングに話しかけると、リングは一瞬驚いたが、すぐに悟ったようで、そいつは俺に礼を言った。俺は無生物の意思を掬うコツに気がついた。その日から俺は何年も修行して、地上のすべてのものと話ができるようになった。リングはいま、俺が作った巣の中にある。あまり知られていないことだが、カラスは自分の巣をねぐらにしているわけじゃない。巣は、メスが卵をうみ、ひなを育てるための場所だ。寝るときは普通森に帰る。森の中で、集団で寝るのが、俺たちの習性だ。これは俺たちだけじゃなく、巣をつくる種類の鳥は、たいていそうだ。集団で寝ていれば、異変が起きたときに誰かが気づく。気がついたやつは、大声を出して仲間に知らせる。すると群れは一斉に森を飛び立ち、危機を逃れる。誰かが襲われたとしても、被害は最小ですむ。だが、俺はいつのころからか単独行動するようになってしまった。能力が高すぎて、カラス仲間で少々浮いてしまったことは否めない。


「続きが楽しみ」と思ったら押して下さい。

0 件のコメント:

コメントを投稿